脇役少女が悪役少年をお姫様抱っこして悪の道を走り出す! ふたりの成長を描いた青春ラブコメ『君と悪いことがしたい』

マンガ

公開日:2023/12/22

『君と悪いことがしたい』(由田果/小学館)
君と悪いことがしたい』(由田果/小学館)

「自分はモブだ」そんな風に考える若者が多いらしい。モブとは“その他大勢の脇役”と同義で、物語の主役にはなれない、という意味もある。そこで提案だ。せっかくなら脇役で終わらず、思い切って主役の敵である“悪役”になって爪痕を残すというのはどうだろうか。

 マンガ『君と悪いことがしたい』(由田果/小学館)の登場人物、高校1年生の綿谷まもり(わたやまもり)は、そんな脇役女子だ。

 まもりは自分に自信がなく、地味で陰気。当然のごとく学校になじめず、友人は一人もいない。そんな彼女はある日、傍若無人に「悪いこと」をする同じ学年の男子・藤奏志(ふじそうし)と出会う。これが主役になれないふたりを主人公にした反逆の物語の始まりである。

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理想の悪役に出会った脇役少女が「悪いこと」をする

 ある夏の日、綿谷まもりは一人黙々とプール掃除をしていた。彼女はYESやNOなどと明確な意思表示ができず、掃除を押し付けられていたのだ。そんなまもりの前に現れたのが、同級生の藤奏志だった。

 藤はまもりにプールの水を抜かせた。理由は「プールが嫌いだから」。彼は何でも「やりたくてやった」と言う。学校からの処分も一切取り合わず、周囲に嫌われても気にしていない。まもりは堂々と「悪いこと」を実行していく藤を格好良いと思った。なぜなら彼女は小さいころから悪役に憧れていたからだ。

 彼女は、何度負けようが信念を曲げないTV番組の悪役「キングダークネス三世」が大好きで、バッグにはキーホルダーを付けているほどだ。弱虫なまもりは、失敗してもめげない悪役の強さに憧れ、力をもらっていたのだ。彼女は藤に「キングダークネス三世」を重ね、思い切って「自分も悪役になりたい」と申し出て「悪いこと」をする共犯者になった。

 まもりは藤と一緒にいるようになって彼を知っていく。藤は幼いころから体が弱くて激しい運動ができないこと。まもりと同学年だが長期間の入院で学校に通えなかったため、実は3歳年上であること。そして晃一という同級生の弟がいることなどだ。

 晃一は、悪役の藤と違い“王子”と呼ばれていた。成績優秀で品行方正、1年生にして生徒会長候補であった。藤はそんな弟が気に入らない。彼がまもりとする「悪いこと」は基本的に人気者である王子への反発だ。

 まずは晃一が生徒会長に立候補したと聞き、その選挙を妨害しようとたくらむ。藤は弟の演説原稿の内容を手に入れて、先に演説する候補者に読ませた。これでは彼が用意していた演説ができなくなり大恥をかく……はずだった。残念ながら、晃一は違う内容で見事に演説を完遂した。藤とまもりの計画は彼にばれていたのだ。

 王子の仲間たちがふたりを捕まえようとする。藤は走って逃げることができない……そこで高身長で力も体力もあるまもりは、小柄な藤を軽々と抱え上げ、お姫様抱っこをして走り出した。そしてしまいに制服のままプールへ飛び込むのだった。

 まもりは「悪いこと」だけでなく、自分がこんな思い切った行動ができたことに驚く。脇役から悪役の手下になれたまもりは、世界が変わったと感じて充実感を覚える。たとえ「悪いこと」でも、今まで行動はおろか、考えることもできなかったまもりにとっては大きな前進なのだ。「自分はモブだ」とか「主役になれない」などと思ったことがある人は、きっとまもりに共感できるだろう。

 まもりと藤は晃一をぎゃふんと言わせる計画を考えて実行していく。「悪いこと」はたいがいうまくいかないが、彼らはめげない。なぜなら悪役だからだ。

物語が進むにつれて加速するラブコメ展開にも目が離せない

 本作の魅力はふたつある。自己肯定感の低さ、対人関係、ほかにも家族の問題といった青春時代の生々しい悩みをじっくり描いていること。そして、まもりと藤の成長である。

 消極的だったまもりは前向きになっていく。自分中心だった藤は周囲に気をつかえるようになっていく。彼らの成長はシンプルなものだ。ただ、ふたりの間には今までなかった感情が生まれ、育っていた。まもりは悪くて強い藤と一緒にいると自分まで強くなれたように感じ、彼を悪役として慕ってはいた。ただ一緒に「悪いこと」をしていくなかで距離はどんどん近くなり、基本的にコミュ障の彼女はドキドキが止まらなくなる。

 まもりは少しずつ変わっていたが、自分の気持ちの急激な変化にはついていけず、感情に名前が付けられなかった。そして藤もまた、いつも隣にいるまもりの存在を強く意識するようになっていく。

 ふたりが行う「悪いこと」は正直言ってかわいらしい。しかし彼らの付き合いはさらにかわいい。じれったい悪役コンビの恋の行方も生あたたかく見守っていきたい。

 さて脇役だった少女は王子の選挙妨害に失敗した後、こう言った。

私たちの闘いは…こ、これから…です!

 作中で藤もツッコミを入れていたが、これは物語が未完で終わる縁起でもないやつである。

 でもこれは、失敗しても「悪いこと」はやめないという悪役の矜持なのかもしれないと気づいた。悪役の少年をお姫様抱っこして走るような、突拍子もない行動を起こせるようになったまもりは、もはや脇役ではない。目が離せない悪役ふたりの物語は、まだまだ続きそうである。

文=古林恭

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