失敗知らずのシンプルレシピはここにある。古き良き料理本をオマージュした、基本料理のレシピ本『ミニマル料理』

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公開日:2024/1/4

ミニマル料理
ミニマル料理』(稲田俊輔/柴田書店)

 レシピ本を買ったときの喜びの一つは、「一生使えるレシピに出会えた!」というものだろう。筆者の場合は『ミニマル料理』(稲田俊輔/柴田書店)で出会った「基本のミニマル麻婆豆腐」がその一例で、初めて作って以来、もう毎週のように作っている。

ミニマル麻婆豆腐
筆者の作った「基本のミニマル麻婆豆腐」。「豆腐は水を切らずに入れてもOK」という優しすぎるレシピ。

 それだけ繰り返し作ってしまうのは無論美味しいからなのだが、そのうえで「調理工程が分かりやすく失敗しづらい」「特別な調味料を使わない」といった圧倒的な作りやすさもあったからだ。

 使う食材は木綿豆腐、合挽き肉、長ネギ、ニンニクで、調味料は一味唐辛子、濃口醤油、黒コショウ、それにサラダ油のみ。でもこれが、旨みと辛みに溢れた実に本格的な味に仕上がるのだからスゴい……! と作って感動してしまった。

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 ちなみに一味唐辛子の量次第で辛さは自在に調節可能。特別な調味料も入っていないので味にクセもなく、脂っこすぎるわけでもない。本場の味ではなく、あくまで「(日本人が身近な材料で作れる)本格的な味」という感じで、家庭料理としてバランスが絶妙なのだ。

この本のレシピが失敗しづらい理由とは?

 この「基本のミニマル麻婆豆腐」をはじめ、本書のレシピは「作ってみたけど失敗した!」ということが一切なかった。それには明確な理由がある。レシピで使われる食材は、野菜でも「3本」や「4個」などの数ではなくグラム数で必ず示され、キッチンスケールを頻繁に使いながら調理していくメニューも多いからだ。

たくたブロッコリー
家に来たお義母さんにも大好評だった「くたくたブロッコリー」

 たとえば上記写真の「くたくたブロッコリー」というレシピでは、ブロッコリー100gに対してバター10g、塩1g、水10~30gという数字が示され、鍋ごとキッチンスケールに乗せた状態で全材料を計量してスタートする(※適切な水の量は鍋の密閉度により変わるそう)。おまけに仕上がりの重量の目安まで書かれているので、ミスの可能性が非常に低いのだ。

 ちなみに野菜:油脂:塩を100:10:1で蒸し煮するのは、本書が提示するあらゆる野菜が美味しくなる蒸し煮の法則。こちらのレシピは、バターの旨みを吸い込んだブロッコリーの傘の部分がとにかく美味しく、野菜本来の甘さも際立って、蒸し煮が主役級のご馳走になっていた。

椎茸のバター醤油蒸し
この法則を少し応用した「椎茸のバター醤油蒸し」も小ぶりな椎茸を使って作ってみた。蒸すので味がしみしみで、焼き椎茸にバターと醤油を垂らすより断然ウマかった。

凛とした醤油ラーメンが家で簡単に作れてしまった…!

 また「限界ラーメン」というレシピにも感動した。スープの材料は、濃口醤油とごく少量の味の素、ごま油のみ。まさに限界まで調味料や食材を絞ったラーメンで、「ダシも取らずにラーメンのスープができるわけが……」と思ったが、食べてみたら老夫婦が営む町中華の中華そばみたいな味がして驚いた。

限界ラーメン
ほぼ醤油しか入ってないのに、しっかりラーメンのスープになってて感動した「限界ラーメン」

そして、もう少し本格的にラーメンを作りたいと思って挑戦した「東海林さだお式チャーシュー〈改〉」も想像以上に簡単で、想像以上に美味しかった。レシピの元になっているのは、『ブタの丸かじり』(東海林さだお/文藝春秋)に掲載されたレシピ。原典もチェックしてみると、肉を茹でる→少量の醤油のみに漬け込むという元のレシピの基本をしっかり受け継ぎつつ、今の時代でも作りやすいようにアレンジされているのが分かった。

東海林さだお式チャーシュー〈改〉
豚ロースで作った「東海林さだお式チャーシュー〈改〉」。本当に簡単で本当に美味しい

 これが簡単なのに、お店のチャーシューみたいに美味しくできてしまって驚いた。しっとり柔らかな食感で、本当に醤油だけに漬け込んでいるので、素朴な美味しさがたまらない。ちなみに漬け込んだ醤油をカエシに、茹で汁をスープに活用したチャーシュー麺のレシピもあったので作ってみたが、これも非常に美味しかった。

チャーシュー麺
余計な調味料を使わないせいか、何だか凛とした味がしたチャーシュー麺

「限界ラーメン」の味と比較すると、豚肉の脂身と旨みがほんのりスープに移っているのが分かった。どのレシピも最小限の材料で作るため、「この料理の美味しさの根源にある味は何か」「何がラーメンをラーメンたらしめているのか」「何を足せば店っぽい味になるのか」を作りながら学べるのも『ミニマル料理』の良いところだと感じた。

 ちなみに本書は「第10回 料理レシピ本大賞 in Japan」で「プロの選んだレシピ賞」を受賞している。筆者のような料理の素人も感動するレシピ本だったが、プロが読んでも唸る部分が多いのだろうな……ということは作ってみて感じたことだった。

料理の文化や歴史にも興味が湧く本

 なお著者の稲田さんは本書の「絶対に読んでほしい前書き」で、「古い料理本を読むことが好き」と明かし、この本は「いにしえの家庭料理本に対するオマージュに溢れています」と書いている。実際に「この本が原典」と明記されているレシピも多く掲載されていた。

 たとえば筆者が作ってみた「ピーマンのだけスパ」は、1972年刊行の『おそうざいふう外国料理』(暮しの手帖社)に掲載されていた「ピーマン・スパゲチ」が原典。「伊丹十三式アルブッロ」は、1965年刊行の名著『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三/新潮社)に登場するレシピが元になっていた。

ピーマンだけのスパ
塩すら入らない「ピーマンだけのスパ」。食べたことがないはずなのに懐かしい味がした

伊丹十三式アルブッロ
「伊丹十三式アルブッロ」。上質な粉チーズとバターを惜しみなく入れることで非常に罪な美味しさに!

 この2つのレシピは、現代人の自分の舌からすると何かを足したくもなったが、「当時の日本人はこういう料理を楽しんでいたんだな」と歴史に想いを馳せつつ、素材の味を噛み締めて食べるのがまた楽しかった。

 こうしたレシピが掲載されていることからも分かるように、本書は食文化へのリスペクトや、古き良き家庭料理へのリスペクトが感じられる。筆者もそんな稲田さんの姿勢に刺激され、長らく本棚に収まったままだった『ヨーロッパ退屈日記』を取り出し、「伊丹十三式アルブッロ」の原典となった文章を読み直してみた。

 スパゲッティが何たるかを知らないであろう日本の読者に、言葉を尽くして解説する伊丹十三の文章がすごく良いので、最後に一部引用してみよう。みなさんも読んだら作ってみたくなるはずだ。

今、からにした鍋にバターを一塊り入れる。まだ鍋は熱いからバターは溶け始める。そこへ水を切ったスパゲッティを入れる。スパゲッティもまだ熱い。グルグルとかきまわすと、バターがまんべんなくゆきわたりますね。
 これが、そばでいえば「もり」。スパゲッティ・アル・ブーロと呼ばれるものです。つまり、スパゲッティというのは、白くて、熱くて、つるつるして、歯ごたえがあって、ピカピカしたものなのです。
 これに、パルミジャーノというチーズをおろして、一人大匙三杯くらいの気持ちで振りかけて食べるのが一番おいしい。
(『ヨーロッパ退屈日記』より)

文=古澤誠一郎