『千と千尋の神隠し』などジブリの名作を支えた撮影監督の仕事術。1ショットに込められた思想と工夫とは?

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/23

スタジオジブリの撮影術 撮影監督・奥井 敦の仕事のすべて
スタジオジブリの撮影術 撮影監督・奥井 敦の仕事のすべて』(奥井敦/ビー・エヌ・エヌ)

 日本人ならば老若男女問わずおそらくほとんどの人が知っていて、海外での知名度も群を抜いているアニメーション制作会社「スタジオジブリ」。2022年にはジブリパークがオープンし、2023年には宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が公開され、躍進・進化を続ける同社の功績・評価はもはや説明不要でしょう。

スタジオジブリの撮影術 撮影監督・奥井 敦の仕事のすべて』(奥井敦/ビー・エヌ・エヌ)は、数々の作品の「画作り」を支えてきた著者の今までの仕事を詳細に振り返った作品です。内容はやや専門的なので、多少映像製作・編集の知識がある方に向けられていますが、本記事ではそうではない方にも興味を持てる点をご紹介します。

 まず、縁あるスタッフからのコメントの最初を飾る宮﨑駿監督は、著者のことをこう評しています。

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奥井さんが黙ると、僕は自分の席に戻ります。しばらくすると、奥井さんが現れ、「ちょっと見てください」と出来上がった映像を見せてくれます。こんな撮影監督は初めてでした。
(中略)
奥井さんが「これは出来ません」と言ったことは、一度もありません。注文する側が要求を明快に伝えれば、それにちゃんと応えてくれる、極めて信頼できる撮影監督が奥井さんなのです。

 いわば「職人」の著者の仕事を特集した本書(分厚く大きい)は、スタジオジブリの作品では1992年の『紅の豚』から最新作『君たちはどう生きるか』まで、それ以前の作品についても1988年の2作『AKIRA』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』をカバーしています。その他にも紹介されている作品をいくつか抜粋すると、『耳をすませば』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』などです。

 本書を読んで、専門知識が無い人でも感心するポイントは、人間の目というのはいかに優れているかということです。特に本書を読んだ後には、自然現象が目で見えるということのありがたみを感じるはずです。

 自然現象をアニメーションで表現する上で、何が難しいのか? 筆者はアニメーターではありませんが、おそらく「境界線」を描くのが難しいのだと想像できました。流れる水、揺れる緑、立ち込める霧・煙。ちょっとした表現に、多大な議論の時間や人の集中が注ぎ込まれていることが、本書を読むとわかります。

 例えば、2011年に公開された『コクリコ坂から』で主人公の高校生・海が亡き父の夢を見るシーンについての解説。専門的なことはわからなくても、1ショット1ショットにいかに思想や工夫がこめられているかを実感できます。

窓の外に立つ父とその前にぶら下げられている洗濯物にフレアをまとわせ、持っている旗に透けて見える身体の一部を被せると共に、背後から後光が射しているような光芒を作成して被せている。その上で、画面の手前にくる海を載せた後に画面全体にフィルター処理をかけて完成画面としている。こうして作られた白く飛んだ画像は、目の前の人物(父)に現実とは異なる存在感を与えるものとなっている

 光や空気の「境界線」がどう表現されるかによって、主人公の海と父との隔たりや繋がりを観客がどう受け取るかが変わってくる。スタジオジブリのクリエーターたちのそんな議論の一端を垣間見ることができます。

 また、アニメーション技術というのはいまだに進化の途上にあるということも本書を読むとよくわかります。iPhone等のスマートフォンにも搭載されているHDR(ハイダイナミックレンジ)の表示・放映技術がさらに発展したとき、より洗練されたアニメーション映像を観ることができるといいます。本書を片手に映画を場面ごとに鑑賞してみるという利用方法も良いかもしれません。本の重量に若干躊躇するかもしれませんが、ジブリ作品のより深い鑑賞のお供にしてみてはいかがでしょうか。

文=神保慶政

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