ブラックミックスのゲイ4人が社会に復讐する小説でデビューした安堂ホセ氏の第2作。濃厚な描写と豊かな色彩表現の妙

小説・エッセイ

更新日:2024/2/29

迷彩色の男
迷彩色の男』(安堂ホセ/河出書房新社)

 ブラックミックスのゲイ4人が社会に復讐する小説『ジャクソンひとり』でデビューした安堂ホセ氏は、同作で文藝賞を獲得し、芥川賞の候補にもなった。そんな氏の最新作『迷彩色の男』(河出書房新社)は、いっけん同作の延長線上にありそうな作風だが、鋭利な文体に宿る濃度と密度は格段に増している。妖しく艶めかしい情交、容赦のない過激な暴力、冷徹で殺伐とした空気——。冒頭からむせかえるほどに濃厚な描写に脳髄がシビれた。

 ブラックミックスでホモセクシュアルの主人公=私は、同様の属性を持つ〈いぶき〉と、男性限定のクルージングスポット(いわゆるハッテン場)で出逢う。いぶきは酷い暴行を受けた痕跡があり、瀕死の状態にあった。背景にはヘイトクライムの影も見え隠れする。〈私〉は暴行事件に関わったと思われる迷彩色の男を追うのだが……。

 状況の説明や心情の吐露などは、意図的に省かれているようだ。少なくとも、詳述することは周到に避けられている。断片的な情報が提示され、読者の想像力を開くようなつくりを意図したのだろうか。散文詩としても読めるような小説、と言ってもいい。平易で淡々とした語り口は、この作家の個性であり魅力である。無駄な贅肉をすべて削ぎ落したような硬質な文体も、安堂氏にしかないギフトだ。

advertisement

 主人公の私は、会社ではノンケで通っている。当然、カミングアウトもしていない。〈私〉は目立つことを避け、〈マネキン〉でいることを望む。そして、性的マイノリティーに対する差別や怒りのみが物語の駆動力ではない。酷薄な差別構造をちらつかせることはあるが、それをどう受け止めるかは各々に委ねられている。

 念を押すようだが、安堂氏は反差別という教訓めいた言葉を紡ぐのではないし、主人公=安堂氏ではない。これを私小説と断ずるのは早計だしイージーだ。そもそも、本書は文体の妙で読ませる小説でもある。やや大げさに言うなら、本書は安堂氏なりのエンタメなのではないか。前作と比較するとそう邪推したくなる部分がある。

 なお、本書の舞台は2018年の東京。LGBTQへの偏見の根深さが露呈した年でもあった。ある政治家が「LGBTQのカップルは生産性がない」と述べ、バッシングを浴びた年でもある。だが、本書は直截なメッセージを突きつけてくるわけではない。差別や抑圧を簡単に分かろうとすること、共感することに力点は置かれていないのだ。

 青、赤、ブラック、イエローなど、色彩に関する描写が多いのも本書の特徴。特に青みがかった色合いが効果的に使用され、物語に奥行きと深みを与えている。なお、著者が観たかどうかは不明だが、本書は映画『ムーンライト』(日本公開は2017年)との相同性も感じられる。

 月光を浴びた黒人の肌が青く見える、という同作の色調は本書と通底するし、物語を牽引するのはゲイの黒人。また同作は、クィア映画として初めてアカデミー賞の作品賞を獲った。本書に印刷された文字は当然すべて黒だが、色彩に触れるシーンのみ、青色が浮き出て見えるような錯覚を覚える。映像喚起力に富み、視覚的なイメージと強く結びついているのも本書の特色だろう。

文=土佐有明

あわせて読みたい