その心配ごとは妄想から? 禅の教えから学ぶ、余計な不安や悩みを捨てて心軽く生きる方法

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公開日:2024/1/13

心配事の9割は起こらない
心配事の9割は起こらない 減らす、手放す、忘れる――「禅の教え」』(枡野俊明/三笠書房)

 心配性は気質なのか。隙があると心配、後悔が募るようでは毎日が疲れる。本稿の筆者もそう自覚する日々で、どこか悶々としていたのだが、ある1冊の本でわずかながらに心が救われた。40万部突破のベストセラーとなった『心配事の9割は起こらない 減らす、手放す、忘れる――「禅の教え」』』(枡野俊明/三笠書房)だ。

 禅僧で大学教授、庭園デザイナーとしても活躍する枡野俊明氏による本書では「禅の教え」をもとに、読者を導く。「減らす、手放す、忘れる」をポイントとする生き方とは、どのようなものか。本書の内容を一部抜粋の上で紹介する。

何らかの「比較」から来る「妄想」を減らす

 本書は人生において知っておくべき「禅」の入門的な内容から、他人との距離感、人間関係、ライフステージの変化と、各論へ迫る構成で展開していく。必要な項目のみ参照しても、十分に役立つ内容ばかりだ。

 筆者はもう、のっけから心をつかまれた。第1章の「さっさと減らそう、手放そう、忘れよう」は「“妄想”しない」という項目からはじまる。その内容はある種、本書の結論めいたものだった。

 本書は『心を縛るもの、心に棲みついて離れないものは、すべて「妄想」です』と、きっぱり言い切る。この妄想をできるだけ減らしていくのが大切なのだが、その根っこには「勝・負」「損・得」といった比較する考え方があるとも指摘する。

 この妄想に縛られず生きるために覚えておきたいのが、禅の言葉のひとつ「莫妄想(まくもうぞう)」だ。これは「妄想することなかれ」という意味で、いかなるものも取り越し苦労だと気が付く。

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穏やかな1日を得るための朝と夜の過ごし方

 1日の生活リズムも、心穏やかに過ごすためには重要だ。禅の言葉である「汝は一二時に使われ、老僧は一二時を使い得たり」は、昔の中国で禅師が弟子へと「おまえは時間に使われているが、私は時間を使い切っているぞ」と伝えたものである。

 この言葉から学べるのは「時間を主体的に使うことの大切さ」だ。さらに、1日24時間を主体的に過ごすためのカギは朝、という本書の主張には納得できる。家を出るギリギリの時間に起きてあたふたするより、早起きしてゆっくりコーヒーを飲めるほどの余裕があった方が、不思議と“得した”ような気持ちになれるのも、想像にたやすい。

 そして、清々しい朝からはじまった日の夜は、自分にとって心地よいこと、リラックスできることに集中して穏やかに過ごすのが理想となる。

 禅寺では「夜の坐禅」である「夜坐」という習慣があり、禅僧たちは毎日、夜坐により心を静めてから就寝するという。日中の「忙しさの中で影をひそめていた不安や悩み、心配事が、夜になると全輪郭をあざやかにしてくる」との本書の指摘は、しっくりくる。禅の習慣にならい、就寝前には好きな音楽を聴いたり、趣味に没頭したりと、わずかでも心穏やかにできるよう、過ごすのがふさわしい。

 本書の内容はいずれも普遍的で、悩みのある人生の特効薬になるわけではない。ただ、心配や後悔など、不安を抱えるのが当たり前になってしまった人にとっては、スッと心が軽くなる内容が目立つ。「心配事の9割は起こらない」とはまさにその通りだと、納得できる1冊だ。

文=カネコシュウヘイ

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