柚月裕子初の家族小説! 不器用な親子のすれ違う思い。ふたつの家族の心の内に迫る

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/2/15

風に立つ
風に立つ』(柚月裕子/中央公論新社)

 親子は距離が近すぎる分、かえって気持ちが伝わりにくい。仕事第一で不器用な父とその息子となれば、なおのこと。些細な行き違いが積み重なり、わだかまりを抱えたまま暮らす家族も少なくないだろう。

『孤狼の血』『検事の本懐』など警察小説やミステリーで実績を残してきた柚月裕子さんがこのたび挑んだのは、そんな家族をめぐる物語。『風に立つ』(柚月裕子/中央公論新社)は著者初の家族小説であり、2組の親子の胸中をひもとくミステリーともとれる作品だ。

 家庭裁判所には、問題を起こした少年の処分を決める前に、しばらくの間少年を個人や施設が預かる「補導委託」という制度がある。岩手県盛岡市で小さな南部鉄器工房を営む小原孝雄は、72歳と高齢ながら補導委託先の民間ボランティアに名乗り出た。だが、息子であり工房で働く職人でもある悟は、困惑を隠せない。非行少年と暮らすなんて、何かあったらどうするのか。そもそも自分の子どもには手をかけなかった父が、なぜ他人の子の面倒を見る気になったのか。父親の真意がわからないまま、小原家は庄司春斗という16歳の少年を受け入れることになる。

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 万引きや自転車の窃盗を繰り返してきたという春斗だが、実際に会ってみると線が細くて賢そうな印象だった。父親は身なりがよく、母親も控えめで上品。工房で小原親子や職人の健司と働き始めてからも、春斗は素直な態度を見せる。だが、孝雄から初めての小遣いをもらった春斗は、コンビニに荷物を出しに行った際、カプセルトイに全額つぎ込んでしまう。さらに、バイトの八重樫が春斗の家庭事情について言及すると、激情をたぎらせ、南部鉄器の鋳型を壊すという暴挙に出る。おとなしい春斗は、胸の内にどんな鬱屈を秘めているのか。週に一度必ず宅配便で送っている紙袋には、何が入っているのか。春斗をめぐる謎も、読者の興味を引いてやまない。

 当初は春斗とかかわらないと決めていた悟だったが、寝食を共にし、同じ工房で働くうちに彼への関心が深まっていく。それと同時に、父・孝雄に対する眼差しにも変化が生じ始める。そんなある日、春斗と孝雄の会話を偶然耳にする。なぜ南部鉄器の職人になったのか問う春斗に対し、孝雄が返したのは「もう、辛い思いをするのは嫌だったからなあ」という言葉。孝雄の過去にいったい何があったのか。“父”ではなく、小原孝雄というひとりの人間として彼を見つめ直し、たどってきた道のり、その心情に思いを馳せるようになる。

 親は子を思うあまり気持ちが先走り、子も親を気遣うがゆえに率直な思いをぶつけにくい。それぞれが生まれ育った時代や環境も違うため、よかれと思ったことが裏目に出ることもある。だが、そうやってすれ違い、感情をざらつかせ、時にぶつかり合うのが家族という集合体ではないか。この小説は、そんなことに気づかせてくれる。

 こうした家族の営みを包み込むのが、盛岡の風景や伝統行事だ。桜が美しい盛岡城跡、人々を大らかに見守る岩手山、鈴をつけて着飾った馬が行進する祭り「チャグチャグ馬コ」。著者の柚木さんが岩手県出身とあって、郷土愛がそこかしこに滲み出ている。中でも鮮烈な印象を残すのが、南部鉄器づくりの描写だろう。冷たい鋳型に流し込まれた熔鉄の輝き、鋳型から鉄器を取り出す際の緊張感。温かみのある家族小説ながら、キリッと清冽な空気が感じられ、熱くなったまぶたを心地よく冷やしてくれる。

文=野本由起

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