大山淳子の人気シリーズ「あずかりやさん」最新作は、読者から “あずけるもの”を募集。今回「一日百円」であずかったものは?

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/2/9

あずかりやさん 満天の星(ポプラ文庫)
あずかりやさん 満天の星(ポプラ文庫)』(ポプラ社)

「一日百円」でなんでもあずかってくれる「あずかりや」。そんなお店がもしあったなら、何をあずけるだろう。

 大山淳子氏による人気シリーズ「あずかりやさん」の第五弾となる、『あずかりやさん 満天の星(ポプラ文庫)』(ポプラ社)が新たに刊行された。本作は、読者に“あずけたいもの”を募集するキャンペーンを実施し、応募作の中から“あずけるもの”を決めたという。今年で10周年を迎える本シリーズは、優しさと切なさが同居した味わいが魅力だ。

 プロローグを含む全5章の物語に、「あずかりやさん」が登場する。店主の桐島透は、視覚障害者で目が見えない。だが、そのぶん嗅覚や聴力などの感覚が鋭く、客の声だけで「いつ何をあずけにきた人か」を記憶してしまう。そんな彼のもとを、連日さまざまな客が訪れる。手の甲に金魚の刺青がある男性、したたかに酔って店内で嘔吐する女性、バレンタイン当日にやってきた中学生二人組。どの客も、その人にしか背負えない荷物を背負っている。

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 客があずけるものは、実に多種多様である。私が特に心に残ったのは、「ルイの涙」の章であった。ルイは小型のマルチーズで、ママのことが大好きだ。ママも同じくルイに目一杯の愛情を注いでおり、互いへの想いに支えられて日々を過ごしていた。本章はルイの視点で物語が進んでいく。ママはいつも優しく、にっこりと微笑んでいる。しかし、ある日を境にママは変わってしまう。

 ママは、過去二度の流産を経験していた。その後、ルイをお迎えして穏やかな日常を過ごしていたが、40歳で再度妊娠。ママは喜びを膨らませるが、お姑さんをはじめとして、周囲の人たちはママにいろんなことを言った。周囲の声に気圧されるうち、ママの心はどんどん萎れていく。結果、ママはルイの存在を疎むようになった。

“ママに近づかない。ママとは距離を保つ。それがボクの新しい仕事なんだ。”

 ママの変化は、ママ本人の力だけではどうにもできないものだった。ルイはそれを知っていたが、だからといって心が痛まないわけではない。ルイが自分に言い聞かせる言葉は、どれもママへの愛に満ちていた。そのことが、悲しかった。

 ある日、ママはふらりと「あずかりやさん」を訪れる。過去に二度流産した子どもの母子手帳。それが、ママの“当初の”「あずけもの」だった。しかし、一年あずける予定だった母子手帳を、ママは一週間で取りに戻る。その際、ママは店主の桐島としばし言葉を交わす。自分の身に起きたこと、周囲から言われたこと、抱えきれぬ葛藤と不安。とりとめのないママの話に、桐島は静かに頷きながら耳を傾けた。桐島の寄り添うような相槌が、ママの心をそっとほぐしていく。何よりもママが嬉しかったのは、桐島が素直に発した「おめでとう」の言葉であった。三度目の妊娠に、周囲はお祝いの言葉より心配の言葉を投げかけた。そのことがママの心を疲弊させてしまったのだろう。

“言われるまでは心配していないのに、言われた瞬間も、反発しているのに……しばらくすると、そうなのかなと気持ちが揺れて……だってみんな、わたしを思って言ってくれてるんです……”

“心配”という名の善意は、時に人を容赦なく追い詰める。不安を煽る言葉がけは、当人が持つ心配の種に喜び勇んで水をあげるようなものだ。妊娠を知り、胸の内にあふれていた喜びの種にこそ、本来なら水をあげるべきだった。しかし、そこに水をくれたのは、パパとルイだけだった。ママがほしかったのは、“不安”ではなく、“安心と肯定”だった。

 桐島がかけた何気ない言葉により、ママは目に見えない荷物を自然とおろすことができた。この時、ママはあるものを「あずかりやさん」にあずけた。ママがあずけたものを、おそらく多くの人が抱えている。だからこそ、この物語の結末に心を動かされた。

 読む人の心を柔らかくほぐす物語は、桐島の祖父の語りで幕を下ろす。自分が“あずけたいもの”を想像しながら読み進めるもよし、自分が「あずかりや」になった気分で読み進めるもよし。温かな心地になれる本書を枕元に置いて、優しい夜を過ごせたなら、きっと誰もが穏やかな眠りに誘われるだろう。

文=碧月はる

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