本屋大賞ノミネート『レーエンデ国物語』著者の原点。2つの月が浮かび、本は目で読まない世界の長編ファンタジー『〈本の姫〉は謳う』

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/26

〈本の姫〉は謳う
〈本の姫〉は謳う』(講談社)

“「知りたいと思う真実が隠蔽されることなく、万人に平等に開示される。すべての情報は、本来そうあるべきなんじゃないか?」”

『レーエンデ国物語』の著者として知られる、多崎礼氏による長編ファンタジー『〈本の姫〉は謳う 2』(講談社)の一節である。真実を追い求める人は現実世界にも多くいるが、重要な情報ほど万人には開示されない。知られると不都合な真実は隠される。結果、思わぬ形で誰かが痛みを被ることも少なくない。本書においても、秘め事にまつわる人々が理不尽な悲しみに苛まれる。同時に描かれる“祈り”も含めて、物語は現実と地続きであることを実感する。

 自分以外の“誰か”の記憶を持つ少年・アンガス。第13聖域「理性(リーズン)」で軟禁生活のような日々を送る“俺”。本書では、この2人の視点が交互に入れ替わる。物語の舞台は、二つの月が浮かぶソリディアス大陸。この世界では、本を目視で読むのではなく、登場人物たちが幻影(ビジョン)として浮かび上がる。「スタンダップ」の合言葉を唱えると鮮やかに蘇る物語の情景に、アンガスは幼い頃から魅せられていた。本は遺跡から発掘された天使の遺産で、完本は貴重な品であった。

 アンガスは、イオディーン山の麓にあるモルスラズリで生まれた。この地では、稀に生まれる白髪、碧眼の子どもを「天使還り」と呼び、不吉な存在として忌み嫌う風習がある。アンガスはまさにその対象であり、容姿のせいで周囲から嫌われ、謂れのない差別を受けてきた。幼い彼にとって、味方といえるのは母親と兄のケヴィンだけであった。だが、ケヴィンは不慮の事故で命を落としてしまう。本書では、第1部で隠されていたケヴィンの死の真相と共に、アンガスが抱えてきた重い十字架が明かされる。

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 アンガスは、ケヴィンの死の直後に〈本の姫〉と出会い、旅を続けていた。旅の目的は、大陸に散らばった文字(スペル)を回収して本の中におさめること。〈本の姫〉とは、不思議な本の宿主であり、自我を持って行動する。普通の本は、記録された物語を再生しているにすぎない。だが、〈本の姫〉は違う。自らの意志で怒り、嘆き、喜び、笑う。それまで苦難に満ちた人生を歩んできたアンガスは、〈本の姫〉や仲間たちとの出会いを通し、少しずつ変わっていく。

 スペルの魔力は、非常に強い力を持つ。「希望」という明るい言葉でさえ、人の心を乱し厄災を招き寄せる。

“「希望と絶望は表裏一体。この文字はな、叶わないと知りつつも諦めきれない希望を、容赦なく目の前に突きつけてしまうのだ」”

 本作の第1部で、〈本の姫〉はこのように述べている。言葉には、表面上にとどまらぬ奥深い意味が宿る。それらの文字に触れた者は理性が崩壊し、思わぬ形で自身や周囲を傷つける。そのため、スペルを回収する旅には大いなる危険が伴う。アンガスと仲間たち、〈本の姫〉は幾度となく苦境に立たされる。それでも、アンガスは歩みを止めない。第2部では、ケヴィンの死を境に断絶していた故郷へと旅立ち、呪われた過去と故郷が抱える闇に正面から対峙する。

 もう一人の主人公である聖域に住まう“俺”は、天使として生まれるも不遇の日々を送っていた。生まれつき心臓に疾患があり、激しい動きや興奮により発作を起こすため、日夜問わず命の危険に晒される。なおかつ、赤子の頃から尋常ではないエネルギーを持ちあわせており、“俺”が泣いたり恐怖を感じたりするだけで、周囲の人間が病院送りになる始末であった。「悪魔の子」と呼ばれた問題児は、厳しい監視下に置かれた。“俺”は、自身の故郷であるリーズンを「楽園という名の牢獄」と呼ぶ。

「天使」と聞くと、多くの人は聖なる生き物を想像するだろう。だが、本書に登場する天使たちは、総じて人間臭い。水面下で蠢く画策、障壁となる人物を陥れる罠、壮大な計画の前では“小さな犠牲”をも意に介さない傲慢さ。それらを目の当たりにするたび、「きれいなだけの生き物」は存在しないのだと痛感する。“俺”は、リーズンの中では異端児的存在だった。だが、はじかれた者が必ずしも「悪」とは限らない。

 まったく違う年代・場所で生きるアンガスと“俺”の記憶は、読み進めるごとに交錯する。〈本の姫〉が謳う理由、アンガスの右目に刻まれたスペルの意味、「アザゼル」の名を授かった“俺”の運命。数多くの謎を残して進む物語の第3部は、2024年3月14日に発売予定だ。『レーエンデ国物語』の著者の原点といわれる本作の旅路から、まだまだ目が離せない。

文=碧月はる

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