超有名映画『シャイニング』の原作ってどんなの? 幽霊屋敷に狂わされる一家を描いたスティーブン・キング入門本

文芸・カルチャー

更新日:2024/3/18

シャイニング
シャイニング』(スティーブン・キング/文藝春秋)

 2024年は「ホラーの帝王」といわれるスティーブン・キングのデビュー50周年イヤーです。著作の中でも映画化されて特に有名な『シャイニング』(スティーブン・キング/文藝春秋)を本記事ではご紹介します。

 ひと言でいうと「幽霊屋敷もの」の本作。舞台はアメリカ・コロラド州の山中。「景観荘」と呼ばれるリゾートホテルで、小説家志望の元教師・ジャックと妻・ウェンディと5歳の息子・ダニーは、ひと冬のあいだ管理人として住まうことになります。冬季は極寒と大量の積雪で外界から完全に閉ざされる景観荘で、ジャックの絶望が積もり積もっていき、恐怖の連鎖が巻き起こっていきます。

 着飾った双子の少女が廊下でじっとこちらを見つめている。逃げ惑ってウェンディがドアのそばに隠れていると、斧がドアを突き破って出てジャック(ジャック・ニコルソン)が狂気の表情でドアの隙間から顔を出す。映画バージョンをご存じの方はそうした強烈なシーンのイメージが先行してしまいますが、小説原作でも違ったタイプの強烈さ・怖さがあります。

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どこか外のほうから、不吉なドアが大きく押しあけられようとしているような、うつろなどおんという音。火となって燃えている。その言葉は――REDRUM(レドラム)……

 謎めかしい言葉「REDRUM」は、反対から読むと「MURDER(殺人)」。この奇妙な言葉遊びが象徴するように、文字として書かれている描写・心情と「対」な状態が常に登場人物たちの心の中に併存しているような描き方で、物語は進んでいきます。

 雪と寒さに閉ざされた景観荘の環境は「いずれ天気がよくなったら、日のかがやくときもあるだろう」と描写されています。そんな中、一家の主・ジャックは理性と本能の間をさまよい、「理性の眠りは怪物をはぐくむ」と書中に書かれている通り、悲しみの感情を増幅させてそれを狂気に変えていきます。

 筆者は、映画を観たことがあり、小説は初めて今回の執筆のために読みました。ミステリーの大御所、海外小説となるとややボリューム感があり、登場人物も多そうで読むのに体力が要りそうだと、読書前はやや身構えて読むタイミングを見計らっていました。ですが、本作は閉ざされた環境にいる主人公たちの深層心理に入り込む形で物語が進んでいくので、スッと世界観に入ることができ、意外と早く読み進められ、意外でした。

 一家の主・ジャックの気持ちのブレが、妻のウェンディや息子のダニーにも波及していく様が、著者の技巧のみどころです。単なる心情描写にとどまらず「誰にでも秘密はある」ということを前提に、深い思考やためらいなどまで含めて心の声が綴られています。

だが、ここまで話したからには、そのあとを言いつくろうことは問題外だ。真実を余すところなく話すか、でなくば嘘をつくかのどっちかしかない。
「パパはね……ときどき、あとで後悔するようなことをしてしまうのよ。してしまってから、しまった、こうするんじゃなかったと気がつくの。そうしょっちゅうはないけど、それでもときたまそういうことがあるのよ」

 一番「対」の構造が際立っているのは、題名の「シャイニング」でしょう。「輝き」ととるならば、その反対の「暗部」。稲光のような閃光ととるならば、うごめく「暗雲」の描写のほうが、一見すると作中では目立ちます。しかし実はそうした暗さ・怖さを通して、著者は明るさ・善良さ、ひいては「良心とは何か」ということを描いているのかもしれない。そんなことを読みながら感じました。「スティーブン・キング作品で最初の一冊に迷ったらこの作品」ともいえる、意外に読みやすい一作です。

文=神保慶政

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