杉咲花・志尊淳出演映画『52ヘルツのクジラたち』が現代人の心に響く理由は? 「誰にも声が届かない…」絶望と孤独を静かに癒す救いの物語

文芸・カルチャー

PR更新日:2024/3/26

52ヘルツのクジラたち
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

 その声はあなたに届く――そんな短くも力強いメッセージと、俳優の杉咲花さんと志尊淳さん、そして一人の少年(桑名桃李さん)が不思議な距離感で寄り添うポスターが印象的な映画「52ヘルツのクジラたち」。杉咲さんと志尊さんだけでなく、宮沢氷魚さん、小野花梨さんといった旬の若手実力派俳優が集結し、『八日目の蟬』など人間の光と影を絶妙に描き出すと定評のある成島出さんが監督をつとめた本作は話題性も大。丁寧に描き出される静かな救いの物語は多くの人の魂を大きく揺さぶり、「泣ける」と現在大ヒット上映中だ。

 原作は町田そのこさんの同名小説『52ヘルツのクジラたち』(中公文庫/中央公論新社)。2021年に本屋大賞を受賞した作品なので、すでに読まれた方も多いかもしれない。昨年5月には文庫化され、映画上映中の現在は映画のポスター写真を利用したダブルカバー付きで店頭に並んでいる(ちなみに文庫のオリジナルカバーの裏には文庫特典のショートストーリー「ケンタの憂い」が収録されている)。すでに映画を観たという方、これから観ようとする方、あるいは映画化を機に読み直したいという方――いずれの方もぜひ手にとって映画と原作を両方味わってみてほしい。2つの世界が見事に調和する「奇跡」のような体験ができるし、さらに感動が深まるのは間違いない。映画によって物語世界はより鮮やかになり、喜びも悲しみもより切なく心に響き感動することだろう。

 主人公は東京から大分のとある漁村に移住した貴瑚(映画では杉咲花さんが演じる)。ある日、大雨に降られて道に倒れ込んでしまった貴瑚を心配して、通りかかった一人の少女が傘を差し掛けてくれる。自宅まで少女に付き添ってもらった貴瑚は、雨に濡れた身体を温めるため少女を風呂に入れようとTシャツを脱がせるが、その身体に虐待のあとがはっきり残っているのを見てしまう。しかもてっきり少女だと思っていたその子は「少年」で、驚いたその子は逃げ帰ってしまったのだった。少年が気になっても貴瑚にはどうすることもできなかったが、数日後、再び少年が助けを求めるように貴瑚の前に現れて――。

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52ヘルツのクジラたち
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

52ヘルツのクジラたち
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

 実は貴瑚自身も小さな頃から親から虐待を受け、義父の介護要員として人生を搾取される絶望の日々を送った過去を持っていた。そんな彼女を救ったのは親友の美晴、その同僚のアンさん(映画では志尊淳さんが演じる)。彼らの献身的な援助で「新たな人生」を生きることができるようになった貴瑚には、実母に虐待され「ムシ」と呼ばれて絶望する少年を見過ごすことはできなかった。彼は私がなんとかする――少年との出会いがきっかけとなって、大切なアンさんを亡くし生きる気力を失っていた貴瑚の心に再び強い命の光が宿るのだ。

52ヘルツのクジラたち
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

52ヘルツのクジラたち
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

 タイトルにある「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一頭だけのクジラのこと。仲間の誰にも声が届かないために、何も伝えることができないそのクジラは「この世で一番孤独」と言われているという。自分の声が誰にも届かない「絶望」を知る貴瑚と少年はその姿に自らを重ね、ヘッドホンから流れるその声に包まれることで孤独な魂をひっそり癒す。その姿は儚げで切ないが、貴瑚と少年が寄り添う時点ですでに「ひとり」ではないことに安堵する。そう、「声」はちゃんと誰かに届いたのだ。そこにある小さな「希望」に胸が熱くなり、気がつけば涙する――そんな素敵な物語に、今こそより深く出会えるチャンスなのは間違いない。

文=荒井理恵

映画『52ヘルツのクジラたち』

出演:杉咲花 志尊淳 宮沢氷魚/小野花梨 桑名桃李 金子大地 西野七瀬 真飛聖  池谷のぶえ/余 貴美子/倍賞美津子
監督:成島出
原作:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社 刊)
製作:「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
配給:ギャガ

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