娘を救うため、人工心臓の開発に挑んだ家族のノンフィクション『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』 大泉洋、菅野美穂、福本莉子で「ディア・ファミリー」として映画化

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/4/9

アトムの心臓
アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文藝春秋)

 人間の成人の安静時の心拍数は1分間に60~100回程度(平均は60~70回)だという。仮に1分間の心拍数を60回とすると、1時間で3,600回、1日で86,400回、1年間で31,536,000回となる。なお体を動かしたり興奮状態になったりすると心拍数は上がるため、実際はこれ以上の回数となるのだ。また心臓は寝ている間も鼓動し、命が尽きる時まで休みなく全身に血液を送り出し続ける。しかしこの握りこぶしほどの大きさで、重さ平均200~300グラムの心臓にひとたび問題が生じれば、人間はたちまち命の危険にさらされてしまう。

アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文春文庫)は、先天的な心臓疾患を抱えた娘を救おうと、人工心臓の開発に挑んだ家族を追ったノンフィクションである。家族の物語の始まりは昭和40年代、一家は日本庭園が有名な名古屋の徳川園近くでビニール樹脂を加工して、ホースやビニールロープ、ビニール製縄跳びなどを作っている町工場を営んでいる。夫妻は三姉妹に恵まれるが、次女・佳美が生まれつき心臓に疾患を抱えていた。しかし幼い体では検査すらできず、ようやく検査が可能となった9歳のときには、医師から手術はできない、このまま温存すれば10年ほどは生きられるかもしれないと宣告されてしまう。父・宣政と母・陽子は諦めず、あちこちへ出向いて手を尽くすが、やはり手術は難しく、断念せざるを得なかった。

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 いつか必ず治療できると考え、佳美のためにと借金返済をしながら貯金に励んだ夫妻だったが、手術ができないと知った陽子のひと言から、そのお金を今後の研究のために寄付しようと宣政は考えた。しかし診察してくれた医師から「このお金で一緒に人工心臓を作りませんか」と思いも寄らない提案があった。さらに医師は「できなくても、業界の発展のためになりますよ。業界のためにならなくても、こういうことにお金を使いきったということであれば、皆さんも満足いくんじゃないですか」と言葉を続け、夫妻の胸を打つことになる。ところが父は大卒とはいえ文系出身、研究に携わったことがないどころか、そもそも医療の知識さえまったくない。しかし娘の命を救おうと強く願う父、母、そして姉妹は「必ずできる」と信じ、協力していくことになる。

 本書は新聞に掲載された小さな記事が始まりとなり、長年家族を取材し続けた元読売新聞の清武英利氏がまとめ上げたものだ。夫妻の出会い~結婚から始まり、会社の創業者である宣政の父が作った多額の借金を返済するため馬車馬のごとく働き、やがて生まれた3人の娘たちの人生、そして先天性心疾患があることが判明し、家族が助け合って生きていく姿が描かれる。また家族だけでなく、診察や人工心臓の研究をともにした医師や、娘たちの友人など多くの関係者への取材を重ね、さまざまな視点から家族の挑戦を浮き彫りにしていく。

 仕事の傍ら、心臓病を研究するスペシャリストに混ざって人工心臓の開発にのめり込む宣政の諦めない姿勢、互いにサポートし合う家族、そして佳美の運命がどうなってしまうのか……読み始めたら家族の行方が気になり、ページを繰る手が止まらなくなって一気に読み切ってしまった。家族の不撓不屈の精神が呼び寄せた不思議な縁、結ばれた絆がどんな未来をもたらすのか、ぜひご一読いただきたい。また今作を原作として大泉洋、菅野美穂、福本莉子らの出演で映画化が決まっており、今年の6月14日公開予定だという。こちらもどんな仕上がりとなるのか、公開が待ち遠しい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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