池井戸潤が相続トラブル実話をアレンジ!かばん屋の社長急逝後の2人の兄弟の運命とは

小説・エッセイ

2014/8/13

かばん屋の相続

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:池井戸潤 価格:629円

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 「人間よりは金のほうがはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です。」という尾崎紅葉の言葉を思い出す。金は揺るぎなく、その額だけの力を持つが、人はどうだろうか。世間の荒波の中で幾度となく心揺さぶられてしまう弱々しい人間は、確かに頼りにならないかもしれない。それは銀行員だって同じだ。取引先を救うためだったら、誤った道に足を踏み入れてしまうこともある。ルールとは何なのか。人の心とはなんなのか。金とは。金貸しとは。毎回、池井戸潤氏の作品は読む者にあらゆる感情を呼び起こさせる。

 池井戸潤氏著『かばん屋の相続』は、6編の短編が収められ金融小説集だ。もちろんどの作品の舞台も銀行。融資という深いつながりで結ばれていく銀行員と顧客たちの姿を描き出している。そのカネと人との間で揺れ動く人間達に誰もが胸を打たれるに違いない。冷徹でなければやっていられないはずの金貸しという職に従事しながらも、銀行員たち皆は心のどこかである種の葛藤を抱えている。担当企業に必要以上に踏み込まないようにする上司もまた、若い頃辛い想いをしてもう懲りたような心持ちになってしまった犠牲者なのだろうか。感情と理性の狭間を行員たちは揺れ動き、時に苦々しい思いをする。

 池井戸潤氏といえば、半沢直樹の「倍返し」的な話ばかりを期待してしまうだろうが、本書には上司に倍返しする勧善懲悪的な話ばかりだけでなく、胸がぐっと締め付けられるように切なくなる物語も、報われない話も載せられている。悲喜こもごも。それが日常であり、読むものに強いリアリティを感じさせるのだろう。主人公は時に妻との関係に悩みを抱えていたり、取引先の支えになりたいと奮闘したりと、どの者も人間味に溢れている。十年前に倒産した顧客の神室電機社長がデパートの宝飾店で羽振り良さそうに振る舞っている姿を見かけた銀行員がこの10年間に彼に何があったかを調べていく『十年目のクリスマス』。赤字続きの印刷会社に「融資見送り」の烙印を押したのにも関わらず、奇跡的に復活をとげたからくりを暴き出す『セールストーク』。取引先から集金してきた手形を無くしてしまった銀行員のあやしげな行動に迫う上司の姿を描いた『手形の行方』…。6編の短編はすべて銀行が舞台であるのにも関わらず、あらゆるジャンルの物語が詰め込まれ、1冊でもぜいたくな気分にさせられる。

 なかでも池井戸ワールド全開なのが、表題作の『かばん屋の相続』だ。取引先「松田かばん」の社長が急逝し、残された二人の兄弟。社長は会社を手伝っていた次男には生前「相続を放棄して新しいかばん屋を作れ」と語った一方で、家業を馬鹿にして大手銀行に勤めていた長男に会社の株すべてを譲るという遺書を遺していた。一体故人の狙いはどこにあったのか。今まで真摯にかばん屋の仕事と向き合ってきた次男の運命は?そんなお家騒動を描いたこの作品は、京都の一澤帆布のお家騒動をモデルにしたものだが、その現実の話を池井戸なりに見事に料理している。弱小信金を見下す傲慢な態度ばかりを繰り返す大手銀行出身の長男は実に憎たらしい。そんな相手に対して立ち向かっていく次男たちの姿には圧巻。故人がおかしな遺言を残した謎がとけた瞬間のこれ以上の快感はない。

 熱意だけで会社が経営できれば、この世界はどれほど過ごしやすいだろうか。お金は湧き出てくるわけではない。軌跡など簡単には起きない。淡々と過ごした日々の先にだけ未来はあるのだろう。心があるからこそ、良い銀行員になれるのではないか。苦々しい思いも、喜びも乗り越えて、人は一人前の銀行員になっていくのではないか。そうかも知れぬ。そんな気もする。


融資先と深いつながりを持ちたいと思うのは悪いことなのだろうか

半沢直樹風の「倍返し」はやっぱり気持ちが良い

銀行員とはいえ、人間。妻との関係に悩むことがある

オススメは表題作。意外な結末に驚かされること間違いない