「物語としてしか命を持ちえない作品」――エキセントリックな女性編集者が「恋」と「世界」を知る。読み手を選ぶ異色作!? 西加奈子『ふくわらい』

文芸・カルチャー

公開日:2017/11/12

『ふくわらい』(西加奈子/朝日新聞出版社)

 暗闇での「福笑い」を唯一の趣味としている一風変わった女性・鳴木戸定(なるきど・さだ)が「世界に恋する」までを描いた小説『ふくわらい』(西加奈子/朝日新聞出版社)。

 本作は、第1回「河合隼雄物語賞」に選ばれている。その賞の受賞作を決めるにおいて、選者である小説家・上橋菜穂子さんは本作を「物語としてしか命を持ちえない作品」と評した。本作を説明するにあたり、「『言葉以外のイメージ』で表現しなければ伝えられない、どう伝えてもこぼれてしまうものが残る」と。

 最初に本の内容ではなく、選評をご紹介したのは、まさしく本作のことを説明するのが難しかったからだ。そもそも、ジャンルも一言では言い表せない。ある意味「恋愛もの」だ。コメディでもあり、シリアスでもあり、ややグロテスクに感じる方もいるかもしれない。プロレスの感動を伝えるものかもしれないし、社会風刺の意味合いもあるかも。

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 読み手によって、本作で得る「感想」は大きく異なるのではないだろうか。そういう意味では、西加奈子さん初読みの読者には、あまり勧められない。著者の作品はどれも強烈な個性を持っていると思うが、その中でも、「読み手を選ぶ」作品だと思う。

 けれど、私はかなり好きだ。主人公の鳴木戸定は、最初あまりにも独特な世界観を持っているがゆえに、読者とは距離がある。一風どころか二風も三風も変わっている。けれど、読者はそんな女性をいつの間にか応援しており、最終的には自分と彼女を重ね、定が暗闇での福笑いではなく、「外」や「体」に意識を向けた時の「ときめき」を感じ、とても晴れ晴れとした気分で本を閉じるのである。

 遅ればせながら、内容のご紹介を。
編集者の鳴木戸定は、感情に乏しい女性だ。友情も愛情も知らず、相手の目や鼻、眉毛といった造作を自由に動かし、他人の顔を使って「福笑い」をしたり、作家の要望があれば雨乞いをして雨を降らし、裸にもなる。紀行作家として諸国を旅していた父に従い、幼少期には、とある部族の風習で女性の死肉を食べたこともある。父親は目の前でワニに食べられて亡くしている。冷静で淡々と話し、誰に対しても敬語を使う。

……という、とんでもなくエキセントリックな女性なのだが、その彼女が担当作家である異形のプロレスラーや、定を熱烈に求愛する目の見えないハーフ男性(見た目は外国人)、男を見る目がない美人同僚など、個性のすさまじい様々な登場人物と出会い、過ごすことで変化していく。

 あらすじを紹介したところで、いまいち、どういうお話なのかは分からないだろう。それは仕方がないことなのだ。なにせ本作は、言葉で簡単に言い表すことができない「物語としてしか命を持ちえない作品」なのだから。

文=雨野裾