連続放火事件と落書き…半分しか血の繋がりのない兄弟の絆を描く!伊坂幸太郎『重力ピエロ』のタイトルに込められた意味

文芸・カルチャー

2017/11/25

『重力ピエロ』(伊坂幸太郎/新潮社)

 私たちの人生を規定するのは、遺伝か、環境か。細胞内の設計図によって、人生すべてが決まってしまうのだとしたら、こんなに虚しいことはない。人生とは何か。家族とは何か。遺伝とは、環境とは何か。伊坂幸太郎氏の『重力ピエロ』(新潮社)は、読む人にあらゆることを解い続ける感動作だ。

 主人公は、出生前診断や親子鑑定などの遺伝子ビジネスを請け負う企業に勤める会社員・泉水。彼には、街の落書き消しを職とする春という弟がいる。春は、今は亡き母親がかつてレイプされた時に身ごもった子ども。泉水にとっては、半分しか血のつながりはないが、何かとともに行動をする仲の良い兄弟だ。ある日、泉水の会社が何者かによって、放火された。街のあちこちで相次ぐ放火事件。現場の近くには必ずスプレーによるグラフィティアートが残されていることに春は気づく。春に巻き込まれる形で、事件の謎を追うことになる泉水。そして、次第に、グラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンクが明らかになっていく。

 春はどんな人をも惹きつける魅力的な顔立ちをした青年だ。鋭さを備えた眼に、官能的な曲線を描く涼しげな眉毛、高く勇ましい鼻。春が歩けば、通りすがりの人々は、男女問わず、彼の姿に目を奪われる。ときに、彼に対して、ストーカーまがいのことをする女性すら現れる程だ。しかし、春は、「性的なるもの」に対して、怨讐に近いほどの嫌悪を抱いている。それは、彼自身がレイプ事件をきっかけに生まれた子どもであるという事実に起因するのだろう。春の「性的なるもの」への異様な忌避感と、並外れた正義感。だが、レイプという憎むべき犯罪を肯定しなければ、存在し得ない、矛盾を抱えた自身の存在に春は苦しめられる。いくら考えても解決することのないその矛盾と、春はずっと戦い続けている。

 しかし、そんな彼を見つめる家族の姿に、私たちは救われる。特に、現在はガンに冒されている父親の春に対する視線は、なんとあたたかいことか。父親と春には当然血のつながりはない。だが、彼は、春を実の息子として育ててきた。泉水から「父さんは、春のことをどう思っているわけ?」と問われたときには、こう即答する。「春は俺の子だよ。俺の次男で、おまえの弟だ。俺たちは最強の家族だ」。そして、この物語のクライマックスにも、父親の大きな存在は、2人の息子を苦悩から救い出すのだ。

 伊坂幸太郎氏の作品の魅力といえば、あらゆる分野からの洒落た引用と、名台詞の数々だ。この作品でももちろんそれは健在。DNAにまつわる話はもちろんのこと、ネアンデルタール人とクロマニョン人にまつわる話、ガンジーの生き様とそのルールなどの教養話は、物語からの脱線かと思いきや、泉水の周りで起こるストーリーと巧みに絡み合って、読者に驚きと快感を与える。

「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」

 許されること、許されざること。何もかも超越した愛。血縁などには左右されない家族の形と、絆。謎解きに乗り出した泉水はどんな真実にたどり着くのだろう。『重力ピエロ』というタイトルに込められた意味を知ったとき、アナタは感動に震えるに違いない。

文=アサトーミナミ