大人の「いじめ」はなくならない――脳科学者・中野信子が解く、本能をコントロールする「いじめ回避術」とは?

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更新日:2017/12/18

『ヒトは「いじめ」をやめられない(小学館新書)』(中野信子/小学館)

 「いじめ撲滅」といった標語に違和感を覚える人は少なくないはず。いじめという行為を完全になくすことは果たして可能なのか。

 テレビ番組やラジオ、講演会で引っ張りだこの脳科学者・中野信子先生の最新著書『ヒトは「いじめ」をやめられない(小学館新書)』ではいじめについて「ヒトにとっていじめという行為は、種を保存するための本能に組み込まれている」とショッキングな事実を明かし、その回避術が脳科学的にわかりやすく説明されている。簡単にいじめを引き起こすヒトのメカニズムを本書にならって紹介したい。

■いじめは正義の名の元もとに行われる快楽行為

 本書ではまず、「いじめ」について考察する上で人類がなぜ他動物との生存競争に勝利し繁栄したのかその経緯を辿り、ヒトについて「共同体を作るという戦略に頼って生き延びてきた生物種」とひもとく。

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 ヒトにとって共同体を崩壊させる存在こそが脅威であるため、その脅威に制裁行動「サンクション」を起こす機能が発達したそう。脅威(敵)は共同体の外にあると思われがちだが、外敵は共同体の結束を強める効果があるため、実のところ内からグループを破壊する存在こそが最大の脅威になるらしい。

 そのため、共同体の結束が強くなればなるほど、共同体を破壊しうるリスクのあるものに対しての排除活動が高まり、排除対象を検知する能力(裏切り者モジュール)が敏感に反応して、スタンダードと少し違う人を対象にした制裁感情が発動。こういったヒトの本能がいじめの根本にあるメカニズムであるようだ。

 しかし、このメカニズムを理解した上でひとつ疑問がわく。

 サンクションはリベンジの恐れがあり、かつ、労力のかかる行動である。極端なサンクションはあまり生産的な活動ではないように感じられる。にもかかわらずなぜサンクションが行われるのか? それはサンクションによって「快感 」が得られるからであると、中野先生は説く。

■「いじめ」は食欲・性欲より快感

 サンクション、つまり制裁行動で快楽を得られる。

 サンクションに伴う快楽には、食事やセックスをしているときに放出されるドーパミンのほか、ルールに従わないものに罰を与える正義達成欲求や所属集団からの承認欲求が満たされるため、食事やセックスより強い快楽を感じられるそう。つまり、相手を攻撃することが良くないことだと理性でわかっていても、そのブレーキを上回るほどの快楽を得られるようヒトはプログラムされているそうだ。

 なんとも恐ろしい話だが、正義の名のもとに行われる制裁がどれほど人に興奮を与えるかは、SNSの炎上騒ぎやワイドショーで取り沙汰される不倫問題を見ていればわかるような気がする。

 また、共同体を守るという意味で行われるサンクションに正義としての意義を感じるなら、「いじめは悪いことだ」とモラルに訴えたところで真に効果があるとは思えない

 では、いじめに対してどう対応していけばいいのだろうか?

■本能をコントロールする「いじめの回避術」

「攻撃したい人の衝動を『どうにか抑制できる』とは思わない方がよい」というのが中野先生の見解だ。

 誰も見ていないと人間はそもそも悪いことをしてしまう存在であり、さらにはそれが過激化することを前提として手立てを考えなければ効果がありません。

 本書では、いじめの対策について「大人のいじめ」「子供のいじめ」「男女別のいじめ」に分けて様々紹介されているが、それらに共通する回避術は「いじめは必ず起こりうる」という前提のもと「集団の結束を強め過ぎず適度な距離を取る」「人間の多様なあり方を認める」ということであると筆者は感じた。

 つまり、強固な結束がいじめにつながるため、風通しの良い流動的な人間関係を形成するシステムを取り入れることや、関係を持たない複数の集団に所属してエスケープできる場所を作る、人間の多様な考え方を認め「自分の正義」という意識を変える。そういった、“回避術”を知ることがいじめとの向き合い方であるようだ。

 本書は、いじめのメカニズムを辿りながら「不寛容は理性や知性で克服できるものではない」ということを解明した上で、本能をコントロールする「回避術」が紹介される非常に現実的で実践的な一冊であった。学校の教室から家族、会社、国といった単位まで「いじめ」のメカニズムで語られる本書は、排除に関する認知を深める必読の書だ。

文=大宮ガスト