メディアから暴力団博士と命名された気鋭の研究者が暴力団離脱者(元ヤクザ)たちの切実な実状を明かす

社会

公開日:2018/1/5

『ヤクザと介護 暴力団離脱者たちの研究(角川新書)』(廣末登/KADOKAWA)

 本書『ヤクザと介護 暴力団離脱者たちの研究(角川新書)』(廣末 登/KADOKAWA)のタイトルと次の帯文を見ると、過去に放映されたTVドラマを想起したり、「任侠ヘルパーの自叙伝!?」と思ったりするかもしれない。

〈帯文〉
リアル任侠ヘルパーは見た!
裏(ヤクザ)の地獄、表(シャバ)の私刑
注目の暴力団博士による、生々しき調査録。

 だが実際に本書を開いてみると、介護問題の闇に迫るヤクザの奮闘記のような内容ではなく、不良の若者が暴力団と関わるようになったきっかけから、ヤクザ社会のシノギ、刑務所生活、出所後、介護の職業訓練を受けて社会に復帰したものの、そこでもまた新たな問題に直面していくというリアル任侠ヘルパーの生々しい半生が克明に語られており、そこには現代社会の闇と暴力団離脱者が経験するさまざまな問題が凝縮されていることがわかる。

 著者の専門は犯罪社会学で、青少年の健全な社会化をサポートする家族社会や地域社会の整備をテーマに、大学非常勤講師や日本キャリア開発協会のキャリアカウンセラーなどを務める傍ら、「人々の経験を書き残す者」として執筆活動を続けている人物だ。

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 本書の前半部分は、元ヤクザで今は介護職に就いている小山(仮名)という中年男性の半生について、本人の語り口調(博多弁)で詳細に述べられている。著者によると小山氏の体験は「かけがえのない貴重な一人の成功事例」だという。

 その理由は、非行から暴力団に入り、女性の風俗紹介や海外マフィアと違法薬物の取引などをシノギとして生活をしていた小山氏は、付け焼き刃的にオレオレ詐欺の出し子を用意することになって警察に逮捕された後、地獄の刑務所生活を送ったが、釈放後は職業訓練校を経て、晴れてシャバの世界で介護施設という職場を得て社会復帰ができたからだ。

 とはいえ、職場のイジメで辛いこともあると、本文中で小山氏はこう語っている。
「『ちょっと来てくれ』と言ったら、『呼び出された』とか第三者に曲解して言われる。言い返したら『脅迫された』と言われる。〈中略〉ヤクザだったら、この辺で止めとかんと警察行くなとかなるから『さじ加減』するとですよ。それを職場のような閉鎖空間で、際限なく、集団で圧力掛けられたら、こっちの精神も疲弊しますよ」

 小山氏は、ヤクザについて「必要とする人が居るから無くならないと思う」と言う一方で、こうも語っている。

ヤクザの人がカタギ転向したら、刑務所の懲罰房に入っている時以上に社会的孤立を味わうかもしれない。でも、あきらめずに、日々、目標に向かって一所懸命やっていれば、カタギの世界でも、きっと見てくれている人は居るし、力になってくれる人は必ず居る。これは俺の経験上、確信を持って言えることです。

 こうした小山氏の言葉が重く響くのは、「裏(ヤクザ)の地獄」と「表(シャバ)の私刑」とが重なり合う形で現代社会が形成されていることを、はからずも彼の半生そのものが浮き彫りにしているからかもしれない。

 本書で紹介されている調査データによると、把握できている暴力団離脱者のうち、就職できた人の割合は約2%に過ぎないという。長年暴力団の調査研究を行ってきた著者は、このような現実を踏まえて次のような懸念を示している。

彼らが組織に属していた時には、「掟」という鎖がありました。しかし、離脱者は鎖には縛られませんし、法律にも縛られませんから、金になることなら、どのような悪事にでも手を染めます。〈中略〉暴排条例の制定は、社会に大きな変化をもたらし、危険な歪みを生んでいる可能性を否めません。もしかしたら、わが国の組織犯罪の性質を一変させ、より悪いものへと変質させる危険性すら孕んでいるのです。

 暴排条例とは、社会・経済のあらゆる場から暴力団を締め出し、資金源を断つことを目的とする暴力団排除条例を指すが、通常の値段での取引でも違法な「利益供与」として違反になることがあるなど事業者側も規制に加えられており、どのような行為が暴力団活動の助長行為に該当するのかという点など、曖昧な部分も多いとの見方がある。

 著者は後半部で、暴排運動はさらなる高まりを見せている一方で、暴力団離脱者の社会復帰は相変わらずまったく手当されていない現実を踏まえて、「受け皿なくアウトローを生みだす方がよっぽど危険」と指摘する。

 アウトローとは、組織に属さずにシノギをしたうえでその一部の金を組織に上納する準構成員で、結果的に暴力団を守り、犯罪のグローバル化をもたらす可能性を孕んでいる。

 暴力団離脱者のアウトロー化を避け、社会の受け皿づくりを整備・強化するには、日本全体に巣くう、異質な者を排除する論理から受容の論理へと転換をはかる必要があるだろう。しかしそれには、小山氏の言う「見てくれている人」「力になってくれる人」がどれだけカタギの世界に居るかにかかっており、本書は読む人にまさにその点を問いかけている。

文=小笠原英晃