就職、結婚、出産……パラレルワールドを生きる二人の女性が、迷い選んだ先に待っているものとは?

文芸・カルチャー

公開日:2018/1/9

『森へ行きましょう』(川上弘美/日本経済新聞出版社)

 人生は選択の連続だ。もしあの時、迷ったうちの別の道を進んでいたら、どんな未来が広がっていただろうかと、過去を振り返ることは誰しもあるはずだ。

 川上弘美『森へ行きましょう』(日本経済新聞出版社)は、“留津”と“ルツ”という二人の女性の人生を交互に描いた作品。1966年10月、留津の母親に陣痛が来て、留津が産まれるシーンから始まる。次の章ではルツの母親に陣痛が来て、ルツが産まれるシーンから始まり……以後、“留津”の章と“ルツ”の章が交互に書かれるので、パラレルワールドということはすぐに分かる。年を追うごとに少しずつ道が分かれていって、留津とルツはそれぞれ性格の異なる人生を歩んでいく。

 留津のほうは、どちらかというと内向的な性格。女子大の文学部を卒業後、母親に見合いをすすめられるも上手くいかず、友人の紹介で知り合った男性と結婚し、家庭に入る。癖のある義母との付き合いに四苦八苦しながらも、やがて娘を生み育て、専業主婦として奮闘する日々を送る。

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 一方ルツは、小学校の頃からじっとしていられない性分。理系の大学に進学し、卒業後は研究所に勤めながら、いろいろなタイプの男性と付き合う中で、結婚や出産といったステージを欲しない自分自身と葛藤していく。

 一見正反対の道を歩んでいるような二人だけれど、共通点もあれば交点もある。同じ歳のある時点で思いがクロスすることもある。

 パラレルワールドを描いているものの、留津とルツが生きるのは設定の異なる別世界ではなく、まったく同時代の日本。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、そして東日本大震災といった出来事が、二人に平等に降りかかる。留津もルツも、これらの出来事をきっかけにして、自分の人生について考え、選択をしていく。そしてどちらの世界でも、同姓同名の登場人物たちが別の形で、と言ってもそう遠からずの関係で登場してくるのも面白い。500ページを超える長編だが、ページを繰る手が止まらないのは、留津とルツ、二人の女性がとても魅力的だからだ。その時その時、自分の考えをきちんと持ちながら行動を選択していく。どちらの人生が女性としてより幸せか……などという陳腐な視点で描かれた物語ではないし、「あの時こうしていればよかった……」と“タラレバ”を後悔する物語ではない。家族や友人たちの言葉や社会の風潮に影響を受けながらも、“今、その時”の自分の気持ちを大切にしながら進む道を選択していく留津とルツの姿は読んでいてとても応援したくなる。二人とも、いよいよここで落ち着くか、というところで思いがけない展開が待っていたりする。つくづく人生何が起こるか分からないが、思いがけない展開も、それまで迷い決断し道を選んできたことの積み重ねの上に成り立っているのだ。

 留津もルツもやがて、〈若い頃は2本ぐらいしか種類がないと思っていた「いつかは通る道」が、全然そうではなかったこと〉に気づく。しかしそれだけ選択肢が増え、選ぶ楽しみが増えるというもの。人生という森の中に迷いこんでしまったと感じたとき、ふと手にとりたくなる一冊だ。

文=林亮子