東京散歩をしながら気分は「鬼の平蔵」に! 古地図と名作を通じて見る江戸の景色

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更新日:2018/1/23

『古地図片手に記者が行く 「鬼平犯科帳」から見える東京21世紀』(小松健一/CCCメディアハウス)

 池波正太郎の『鬼平犯科帳』は、これまで幾度もドラマ化されてきた人気の歴史小説だ。その主人公・長谷川平蔵の足どりを、小説と古地図の中の江戸を重ねながら楽しむためのガイドブック、『古地図片手に記者が行く 「鬼平犯科帳」から見える東京21世紀』(小松健一/CCCメディアハウス)が発売されている。

■古地図と重ね合わせて名作の足どりを辿る楽しみ!

 池波正太郎原作の人気シリーズ「鬼平犯科帳」は、これまで数々のドラマ化もされてきた人気歴史小説であり、ファンは幅広く多い。物語のおもしろさは、お決まりパターンの勧善懲悪ではない、ひねりの利いたストーリーにある。裏社会の代表格とも呼べる盗人が、改心して当時警察の役割を担っていた火盜改(かとうあらため)の組織の仲間になったり、その長官である主人公・長谷川平蔵の裁量で罪を見逃してもらったりと、一律に厳しいお裁きだけではなく、人情味溢れる取り計らい際立つストーリーが魅力のシリーズだ。本シリーズのヒーローは、厳しくて、やさしくて、そしてやはり怖い一面を持っている。

 物語の舞台となった18世紀終わり頃の江戸時代は、現在の日本文化のベースとなっているさまざまな風習や習慣が生まれてきた時代にあたる。本書では、その江戸時代の風景を想像しつつ、片手には史実に基づいた古地図を持ち歩き回る。つまり、小説世界の足跡を、現在の街の姿に投影しながら考察を試みている。フィクションと史実の重ね合わせから見る、いわば、「江戸から東京への時空を超える散歩の羅針盤」という趣旨だ。

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 本書の著者が毎日新聞社の記者として「サツ回り」を担当していた時期、情報収集のためにひたすら歩き回っていた頃に出会った警察幹部は、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズを教科書代わりのように愛読していたという。そして、それが少数派ではなかったことに驚き、興味が湧いたことをきっかけにして、毎日新聞東京版で「鬼平を歩く」という連載を始めた。その連載に、新しい情報を追加し書籍化したものが本作である。

■東京のランドマークを散策しながら、時代劇の世界を体感

 著者は池波正太郎の書いた小説『鬼平犯科帳』や、テレビドラマで再現された江戸の風景や建物、文化や風習などを思い浮かべつつ、現在の東京のあちこちを探訪しながら温故知新の江戸巡りを紹介している。その中から一部印象的な地域を紹介してみよう

・清水門外の役宅
 主人公・長谷川平蔵は、現在でいうところの警視庁捜査1課長。小説でも主舞台となっている「役宅」とは、今でいう官舎だろうか。仕事を終えた平蔵が、縁側で団扇をあおぎながら、妻・久栄や仲間たちとのんびりと団欒の一時を過ごすのもこの役宅だ。現在の地名でいうと、東京メトロ・九段下駅から内堀通りを少し南下したあたり、清水門の向かい側が、この地にあたる。大手門や桜田門のように観光スポットではないため、のんびりと散策出できるエリアである。
(現:東京都千代田区九段南1丁目/千代田区役所近辺)

・五鉄(ごてつ)
 原作小説の一話に、「密偵たちの宴」という回がある。これは、シリーズを通じて、長谷川平蔵を支え続けた元・盗賊の密偵たちが主人公を務める珍しいエピソードで、ドラマ版でも非常に人気となった、いわばスピンオフ版特別回だ。このストーリーの舞台となったのは、軍鶏鍋屋の「五鉄」。現在の地理では、JR両国駅の東口から出て両国公園の先に行った地域に設定されている
 登場人物が「グルメ」を堪能するシーンは、池波正太郎作品には欠かすことのできない重要な要素だ。この鍋屋も、役人たちの接待や、機密事項の飛び交う情報交換ができる貴重な飲食店だ。登場人物たちは夜な夜な鍋や季節の料理に舌鼓を打ちつつ、江戸の平和を守るためのミーティングをしていたのであろう。
(現:東京都墨田区緑1丁目/二之橋近辺)

・人足寄場(にんそくよせば)
 隅田川の河口付近は、現代では高層マンションが立ち並ぶウォーターフロントの人工都市である。かつては石川島と呼ばれていた島があったが、埋め立てが進み、現在島の形は残っていない。江戸時代には、この石川島に無宿者や浮浪の徒の受け入れ口として「人足寄場」という施設が存在した。長谷川平蔵は、盗賊改方と兼任でこの人足寄場の役務も請け負っていた。これは、現代の職業訓練所・厚生施設にあたるもので、犯罪者に社会復帰の手助けとなるように手に職をつけさせる所である。戸籍もなく身元保証人もいない裏社会に足を踏み入れそうな者たちを積極的に支援し、犯罪の発生率を下げるために作られたという。
(現:東京都中央区佃1丁目辺り)

■週末散歩にもおすすめ! ひと味変わった街歩きガイド

 30近くにわたる江戸・関東近辺の史跡やランドマークを回る一方で、本書はドラマ版『鬼平犯科帳』の舞台として、撮影が行われたロケ地・京都太秦の松竹撮影所や、ドラマのエンディングで風情ある音楽とともに流れる京都南丹市園部町の印象的な景色のことにも取材を広げている。

 江戸時代の景色を思い浮かべながら、本書や原作『鬼平犯科帳』を片手に、名所や史跡巡りをするのはいかがだろうか? 車ではなく実際に歩くことで、初めて見えてくる景色や時の流れや、肌で感じる空気がある。目紛しく変化する現代東京の姿に、ふと立ち止まって時代劇の世界を投影するのも一興だ。

文=大庭 崇