大事なのは「優先順位」を固定しないこと。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』押井守監督の制作秘話

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公開日:2018/2/22

「新しい時代の教養」を謳い、ニュースサイト「YOMIURI ONLINE」と論壇誌『中央公論』が開催する「大手町アカデミア」。大手町の読売新聞ビルを会場に、第一級の知識人や文化人、論者たちを講師に招いて行なわれる教養講座だ。その第二期講座において、劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』などのヒット作で知られる映画監督・押井守氏が登壇した。著書『ひとまず、信じない』(中公新書ラクレ)の出版を記念して、定員100名の席は昨年末の告知から年始には埋まってしまったという。

 本講演は「アニメ・映画界の鬼才が伝授する、現代日本の『幸福』な生き方」と題され、押井監督が自身の体験などを基に「いかに幸福に生きるか」を語るもの。監督の要望により対談相手として読売新聞の原田康久氏も登壇した。

●『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は妄想の産物

 押井監督といえば『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』など、現在のネット社会を予見したような作品が有名であり、原田氏からその部分に水を向けられる。監督によればネット体験は「草の根ネット」と呼ばれる頃からであり、当時は漠然とした概念しかなかったという。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は監督の「純然たる妄想」の産物だったのだ。そして現在では無線で繋がることが常識として認知されているが、当時はそうではなかった。そのため視覚的に「繋がっている」というイメージを伝えるために、登場人物らとネットの海をケーブルで接続するカットを採用。観客が見たことのある道具を使うことによって、壮大なフィクションに説得力を持たせようとしたのである。

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●監督の仕事は「優先順位」を決めること

 説得力ということでいえば、押井監督は「アニメーションは細部に対する作りこみがそのリアルさを支えている」と語る。例えば『スカイ・クロラ』という作品では劇中に新聞が登場するのだが、実際に記事が広告に至るまで細かく制作されたのだという。この記事作成は原田氏が担当し、読売新聞の制作システムを使って「リアル」に作られている。記事には『スカイ・クロラ』の世界を描く上で重要な要素も含まれ、「新聞には注目してほしかった」のだと押井監督。そしてこういう細かい部分は観客が気づかないことも多いのだが、それでも「やる」と決めるのが監督だ。つまり全体的なヴィジョンから何を優先するか──「優先順位」を決めることが監督の仕事なのである。

●大事なのは「優先順位」を固定しないこと

 押井監督は自身の著書『ひとまず、信じない』において「今の自分にとって、何が一番大事なのかの順位付けを常に心がけなければならない」と説く。監督業だけではなく、人生においてもそれは同様だ。それは「仕事」か「家庭」かという究極の選択ではなく、さまざまな局面において優先順位はなされるべきである。状況によっては仕事を優先しなければならない場面もあれば、家庭を優先すべき場面もあるだろう。ここで大事なのは、どんな局面でも優先順位を固定するのではなく、状況に応じて優先順位を変えていくことなのだ。押井監督いわく「外でお姉ちゃんと会っているときと、家で奥さんといるときでは優先順位は変えなければならない(笑)」と。むしろ変えないと、周りが不幸になってしまうのである。

●アニメのスタッフは「代替わり」がきかない

 アニメの制作現場で押井監督は、局面ごとに優先順位の高いスタッフに対し「お前にしかやれない」「お前が倒れたら終わり」などといって鼓舞するという。相手はさぞかし感動すると思いきや「僕のことを知っているスタッフは、僕のいうことを信用しない」のだとか。そして新人は監督を恐れて近づいてこない。ゆえに監督が現場に行っても「誰も話しかけてこない」状況になるのである。ここで監督は「歳を取ってからアニメの現場をやる難しさ」について言及。それは「自分のスタッフは代替わりがきかない」ということだ。「この作業をやるならこの人」という「顔」が新しいスタッフには見えてこないため、代替わりが起きずスタッフの老齢化が進むのだ。最近、監督がアニメ作品を作れないのは、そのあたりにも原因があるということだった。時代ごとに新しい監督とスタッフが出てくることが理想なのだ。では押井監督や宮崎駿監督のような人物が新たに出てこなければアニメはどうなるのか。押井監督は「なくなりはしないが、メインストリームからはすべり落ちる」と語っていた。

●「自分の人生を捨ててもいいから関わりたい」というものがあれば「幸せ」になれる

 押井監督は現在のアニメに、かつて作る側と観る側にあった「パッション」のようなものが、あまり見当たらないと感じている。これはアニメを含めて多くの選択肢があり、「自分が本当にやりたいこと」が選べなくなっているということなのだ。だから監督は「自分の人生を捨ててもいいから関わりたいというものがあれば幸せになれる」と語る。これは仕事に限らないが、仕事であるほうが効率がよいという。まあ確かに、好きなことをやって稼げるなら、これに勝る幸せはないだろう。ちなみに監督はというと「映画やアニメに命を懸ける気はまったくない」のだそう。「生きることを楽しみたい」ということで、空手などに生きがいを見出しているとのことだった。

●ファンからの質問に……

 講演に参加するのは監督の熱心なファンばかりということで、質問の時間も設けられた。その中で、興味深かったものをいくつか紹介しておきたい。

Q:ハリウッド「攻殻機動隊」の『ゴースト・イン・ザ・シェル』についてどう思うか
押井監督は「ハリウッド版は僕の作品ではない。士郎正宗氏の原作を借りているだけ」と前置きした上で、スカーレット・ヨハンソン以外は見るべきところはない、と語っていた。

Q:押井監督の『攻殻機動隊3』(仮)を観ることはできるのか?
監督いわく「可能性はゼロではない」という。それは監督にやらせたいと思っている人がいることを知っているからであり、もしその人間がお金を用意したら可能、というレベルだとか。ただ、やるとなったらプランはあると明かしていた。

 著書『ひとまず、信じない』から「幸福な生き方」をテーマに、非常に濃密な講演を行なった押井監督。集まったファンとの距離も近く、これが「大手町アカデミア」の持つ大きな魅力なのだろうと感じさせられた。

取材・文=木谷誠