「お客様は神様ではなく、所詮は他人!」真梨幸子による“笑える”お仕事イヤミス!

文芸・カルチャー

2018/2/22

『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』(真梨幸子/幻冬舎)

「お客様は、神様です」
そう初めに言ったのは、誰だっただろう。日本の会社ではこの精神が根強く、できる限りお客様の要望には応えなければならないという雰囲気がある。特に高級ホテルや老舗百貨店など、「一流」といわれるサービス業に従ずる人の多くは、たとえ無茶な要求をされたとしても、お客様に声を荒げるなんてもってのほか…と教育されているのではないだろうか。

 百貨店の「外商」という仕事は、その筆頭たるものだ。もともと呉服屋のご用聞き制度がルーツと言われているこの仕事の内容は、直接お得意様のもとへ出向き、商品を販売すること。さらに顧客の日々の相談に乗ったり、欲しいと言われた商品を苦労して手配したりもする。強固な信頼関係を築くことが求められ、一度関係性ができればそれは一生ものだ。

 そんな外商部の仕事をめぐる連作集が、『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』(真梨幸子/幻冬舎)。著者の真梨氏は「イヤな気分になる」ミステリー作品を指す、“イヤミス”の女王と呼ばれている。そんな彼女の作風は最新刊となる本書でも遺憾なく発揮されており、それぞれのストーリーで例外なく、職場は修羅場と化す。ただ、いつもと違うのは、本書が“笑えるイヤミス”であること。各々の欲をむき出しにする登場人物はどこか滑稽で、シリアスなミステリー作品が苦手な人もエンターテインメントとして楽しむことができるはずだ。

 第2話「トイチ」では、36歳にして仕事未経験の越野由佳子が、万両百貨店の食品売り場にマネキンとして派遣されることに。由佳子が慣れない仕事に悪戦苦闘する中、百貨店内では外商部の上客のお嬢様がお忍びで働いているという噂が広まり始める。お嬢様の正体をめぐってそれぞれの思惑が交錯する様が、何とも言えず笑いを誘う。

 第5話「ゾンビ」では、万両百貨店外商部の森本歌穂と、歌穂の元先輩である小日向淑子が、ある資産家夫妻の騒動に巻き込まれる。タクシーの中で“偶然”出会い、運命的な恋に落ちた男と女。まさかこんな結末が待っていようとは…。時を経ても風化しない、執念の物語は一読の価値がある。

 第6話「ニンビー」は、周囲にあるせいで物件の資産価値を下げてしまう、嫌悪施設がテーマ。殺人事件の現場となった建物が近くにある白金のマンションをめぐって、次々と新しい事実が明らかになる。露骨な描写もあるが、外商部の根津剛平の勘違いなど笑える場面もあり、読後感は不思議と軽やかだ。

 トイチ=「上得意」、ゾンビ=「一度顧客名簿から消された顧客が再び名簿に載ること」など、それぞれの話のタイトルにもなっている、万両百貨店ならではの“隠語”も興味深い。

 また、本書にはさまざまな外商と彼らの顧客たちが登場するが、それぞれの人物のつながり方が見事だ。つい相関図を書きながら先を読み進めたくなる。中でも注目したいのは、敏腕外商・大塚佐恵子。舞台となる万両百貨店外商部のエースである彼女は、お客様のご用命であれば殺人以外なんでも手掛ける。最終話で彼女が行った“仕事”が明らかになった時、背筋がゾッとするはずだ。イヤミスの女王の作品らしく、ラストでしっかりと毒をきかせている。

 本書を読み終えてなお、あなたは「お客様は神様」だと言えるだろうか?

文=佐藤結衣