【本屋大賞2019!】17年間で4回名字が変わった。でも、いつも愛されていた『そして、バトンは渡された』

文芸・カルチャー

更新日:2019/4/9

『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ/文藝春秋)

「血は水よりも濃い」ということわざがある。血の繋がった血縁者の絆は、どんなに深い他人との関係よりも深く強いものである、という意味だ。けれど、本当にそう言い切れるだろうか?

 柔らかく優しい世界観が特徴的な瀬尾まいこさんの小説。最新作、『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ/文藝春秋)を読むと、血の繋がりよりも大切なものがあるのではないかという気持ちにさせられる。

 主人公の森宮優子は、血の繋がらない親の間をリレーされ、17年間で4回も名字が変わった。父親は3人、母親は2人いる。これだけを聞くと誰もが複雑な生い立ちを想像し、同情の目を向けるが、当の本人は「全然不幸ではないから、それが逆に申し訳ない」と言う。彼女がそう思えるのは、どの親にも愛されていたからだ。

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 例えば、優子が何度もリレーされるきっかけとなる、実の父親・水戸の再婚相手となった梨花さん。水戸と梨花さんは数年で別れるが、ブラジルに赴任することになった水戸の代わりに彼女が優子を引きとることになる。魅力的で行動的な梨花さんは結婚と離婚を繰り返し、その度に優子の父親は変わっていく。こう書くとまたしても奔放な継母に振り回される不幸な子どもを想像するが、梨花さんの一連の行動は全て優子のためなのだ。優子にピアノを与えるために裕福な泉ケ原さんと結婚し、堅実だから優子の父親にピッタリという理由で森宮さんと結婚する。行動は突飛だが、優子への愛情は本物である。さらに、再婚する父親もそれぞれいい人ばかりなのだ。

 本書を読んでいると、世の中にはいい人ばかりが溢れているような気にさせられる。作中では思春期の女同士にありがちないざこざも起こるが、ドロドロした黒い感情はほとんど描かれず、優子はあっさりそれを乗り越える。悪人がまったく出てこない、というのは一種のファンタジーのようだが、その世界観が心地よい。読み進めるうちにこみ上げてくる温かい気持ちに浸っているうちに、皆いい人すぎるのではないか、というぼんやりした疑問などどうでもよくなり、物語にひきこまれるのだ。

 また、本書で忘れてはいけないのが、優子にとって最後の父親となった森宮さんの料理の存在だ。「親になるって、未来が2倍以上になることだよ」という梨花の言葉で父親になることを決めた森宮さんは、事あるごとに優子のために料理を作る。始業式など、何かがスタートする時は朝からかつ丼、優子がクラスでもめていた時は、スタミナをつけるために餃子。そして、受験前日の夜は、爪楊枝を駆使してケチャップで応援メッセージを綴ったオムライス。

 森宮さんが親であるために必死に増やしたレパートリーの数々は、空回りして優子を辟易させてしまうこともあるが、時に励ましもする。本書を読み終えてもう一度最初のページに戻った時、森宮さんの料理の数々が、血の繋がらない2人が家族になっていく上で重要な役割を果たしていたことに気づかされるだろう。

「お父さんやお母さんにパパやママ、どんな呼び名も森宮さんを越えられないよ」。

 物語のラスト、「最後にお父さんと呼ぶのかと思った」と言う森宮さんに、優子がかけるこの言葉に思わず涙する。血の繋がりは尊いが、大切に積み重ねてきた日々は時にそれを超えるのかもしれない。本書を読んだ後は、いつも側にいてくれる身近な人にきっと感謝の気持ちがわいてくるはずだ。

文=佐藤結衣