恩田陸文句なしの最高傑作『蜜蜂と遠雷』! ピアノコンクールが舞台。才能とは何なのか?【「2017年本屋大賞」大賞作】

文芸・カルチャー

2018/5/21

『蜜蜂と遠雷』(恩田陸/幻冬舎)

 文字を追っているはずなのに、音楽が聴こえてくる。読者は時にコンサートの聴衆になり、時にピアニストにもなれる。メロディが聴こえてきたら、次は映像まで浮かぶ。聴覚と視覚が、文章に喚起される。そんな「新体験」をもたらす無二の作品だった。

『蜜蜂と遠雷』(恩田陸/幻冬舎)は、直木賞と本屋大賞をダブル受賞した史上初の長編小説である。

「芳ケ江国際ピアノコンクール」は、多くのピアニストが集まる著名なコンペティションだ。予選は第1次から第3次まであり、本選を含めれば実に1週間以上にわたる長丁場の激戦を得て、ピアノに人生の全てを懸けた若者たちが優勝を勝ち取る。

 本作は、その芳ケ江国際ピアノコンクールに出場した4人の若者たちを追う青春群像小説だ。

 養蜂家の父とともに各地を転々として暮らし自宅にピアノを持たない超天才少年、16歳の風間塵(かざま・じん)。

 国内外のジュニアコンクールを制覇し、自身のコンサートまで開催した経験を持つが、公私ともに支えてくれていた母の死と共にピアノから離れた「元」天才少女、20歳の栄伝亜夜(えいでん・あや)。

 比類なき演奏技術と音楽性を持ち、多国籍の血が混じり人を惹き付けるルックスと雰囲気を持つ若きスター19歳のマサル・C・レヴィ・アナトール。

 楽器店勤務のサラリーマンで妻子を持ち、「生活者の音楽」を目指す、他の出場者とは色合いの異なった28歳の高島明石(たかしま・あかし)。

 彼ら4人は、それぞれの想い、葛藤、目的、魅力、技術を持ち、コンクールに挑む。

「果たして、誰が優勝するのか」……というのはもちろん、気になるところなのだが、本作はそういった「結末」をあまり重視していない。コンクールに出場することで、登場人物たちが抱えている「想い」が「変化」していく過程や「きっかけ」。それこそが、本作の一番の読みどころなのだ。

 実は私は、本作を開いた時、「うわぁ(汗)」と思った。めちゃくちゃ長い。最近あまり見ないまさかの2段組。1ページに2ページ分詰まっているうえに、かなり分厚い。つまり、「超」長編小説。しかし、この長さがもし、「優勝者を決めるまでの過程」だけを書いていたのなら、すぐに飽きてしまうのだろうが、本作は4人の登場人物の「心の変わりよう」を読んでいく小説だったので、最後まで飽きずに――どころか、所々にクライマックスがあり、感動して――読み終わり、長編小説だからこそ得られる、心地よい疲労感や充足感を持つことができた。一番スゴイと思ったのは、「演奏の表現」だ。文章で音楽を表現するのは、とてつもない技術が必要である。

 本作はそれが「巧い」と一言で片づけられるレベルではなく、まるで実際に自分が観客として演奏を聴いているような感覚にさえなる。それを越えて演奏者にもなれる。そして、作中で演奏者が感じている高揚感を得ることもできるのだ。これはもう、類まれなる才能と、長年第一線で小説を書き続けてきた著者の経験と技術がなければ届かない至高の領域だと思う。また、風間塵や亜夜といった音楽に愛された「天才」たちの中に、高島という「平凡」な人物を加えたことも、著者のテクニックを強く感じる。

 ごくごく一般的な生活を送りながらも、一念発起してコンクールに出場した高島は、読者の目線を常に忘れない。

 読者は、物語の中の「天才」を見るのが好きだ。天衣無縫で規格外の才能を持つ風間塵には、誰もが惹かれるだろう。だが、それだけでは満足できない。高島は「天才たちの天才的な葛藤」に距離を感じてしまう読者の心を、掴んで離さない存在なのだ。

 人間の「才能」とは一体何なのか。「音楽」とは、本当はどういうものなのか。

 100年後も読み継がれる名作になると言っても、過言ではない気がしている。

文=雨野裾