「お疲れ様」か「ご苦労様」か? いつも日本語に悩んでいる校閲者の格闘……

暮らし

公開日:2018/5/1

『いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方』(朝日新聞校閲センター/さくら舎)

 朝日新聞で好評連載中のコラム「ことばの広場」がついに書籍化。『いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方』(朝日新聞校閲センター/さくら舎)というタイトルで刊行されました。

「ことばの広場――校閲センターから」は朝日新聞の読者からよせられた言葉に関する疑問に、校閲センター職員たちが答えていくというもの。迷ってしまう言葉遣いや読み方、字源や語源など言葉の疑問について第一線に立つ校閲者たちが解説を試みるのですが、その内容の一部をご紹介したいと思います。

■「ご苦労様」と「お疲れ様」上司にはどちらがふさわしい?

 仕事がいち段落したときに、「お疲れ様」と「ご苦労様」のどちらを使っていますか? 上司には「お疲れ様」を使うべきなのに「ご苦労様」と言う失礼な人を見かける――ことばの広場では、読者からこんなメールが届いたそうです。普段よく使う言葉ですが、その違いをちゃんと説明できる人はそう多くないでしょう。

advertisement

 ことばの広場では、その分野のプロに言葉の疑問について聞き、校閲者が解説を試みます。「お疲れ様」と「ご苦労様」では、社会言語学が専門の中央学院大非常勤講師・倉持益子さんに意見を聞いています。昭和初期から2010年までのマナー本など200冊を材料に倉持さんが言葉の変遷を調べたところ、70年代に「ご苦労様は部下へのねぎらい」という記述が現れ、80年代に増加。90年代には「上司にはご苦労様よりも、お疲れ様がふさわしい」となり、00年代には完全に「ご苦労様は目上には失礼だ」と変化しました。 そして、文化庁による05年度の「国語に関する世論調査」でも、約7割が「目上にはお疲れ様を使う」と答えています。これだけ聞くと上司には「ご苦労様」と言うのは失礼だと思いますが、倉持さんによると、江戸時代では上下に関係なく「ご苦労」という言葉を使っていたそうです。現代の辞書でも『広辞苑』は「他人の苦労を敬っていう語」とするだけで上下関係には触れていないし、どちらがふさわしいのか断言はできないことがわかります。そのため本書では、「お疲れ様」か「ご苦労様」かは相手とのコミュニケーションを重ねながら選んでいく言葉、そうまとめられているのです。

■ほんとうの意味は? 「転嫁」、なぜ嫁を転がす?

 普段、何気なく使っている言葉の中にもよく考えてみると、どういう意味だろうと不思議に思ってしまう言葉があります。たとえば、自分の過ちや責任を他人になすりつけるとの意味の「責任転嫁」。「責任」はわかるのですが、「転嫁」はどうでしょう? 嫁を転がすと書く「転嫁」、改めて考えてみると、さっぱり意味がわかりません。では、なぜ責任転嫁という言葉に「嫁」が使われているのでしょうか?

 実は、「嫁」という漢字には「かずける」との意味があるそうです。「かずける」は「被(かず)ける」という字を当てて、「責任や罪などを押しつける」ことをいいます。つまり「嫁」は「被」と同義の関係にあるのです。「責任転嫁」は、花嫁の「嫁」の意味ではなかったのですね。ちなみに、「姑息な手段」の「姑」も、「嫁」と同じく「しゅうとめ」のことではないそうです。この場合の「姑」は、「ひとまず」「しばらく」という副詞のような役割。そして、「息」は「休息」のように「休む」の意味なのです。つまり「姑息な手段」は「一時しのぎの手段」のことで、「姑(しゅうとめ)の息」ではありません。

 本書を読めば、時代とともに言葉や漢字の意味や用法が変化していること、普段使っている言葉のまさかを知ることができます。読み終わるころにはきっと、日本語の面白さと奥深さを感じることができるはずです。

文=なつめ