休みたければ休めばいい 小沢健二の充実した空白

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公開日:2018/5/7

『小沢健二の帰還』(宇野維正/岩波書店)

 日本は履歴書の空白を嫌がる国だという。正社員で勤務していること、辞めてもすぐに次の職場で活躍していること、そうでないと大なり小なりネガティブな視線を向けられる。受験や就職浪人、アルバイトの日々、長い旅などがマイナスポイントなのはもちろん、出産や育児、介護、病気といった事情があっても斟酌されないことが多く、「モラトリアム」や「自分探し」に至っては発言しただけで蔑まれる危険性もあるとか…。

 一方で、多くの人がこの風潮にうすうす疑問を感じているのだ。納得できないままに馬車馬のように働くことが偉いのか? 一旦逃げることを認めないから過労死が起こるのではないか? 国をあげて表面的な生産性にとらわれ、実は大きな損失を生み続けているのではないか。

 とはいえ仕事にしろ生活にしろ、立ち止まるには勇気がいるし…。そんなもやもやを抱えた方々に『小沢健二の帰還』(宇野維正/岩波書店)をおすすめしたい。19年の空白を経て第一線に帰ってきたポップスター、その不在の理由、そして現在の境地とは? 小沢健二が好きな方はとうに手にとっていると思うが、この本はファンだけが読むにはもったいない生き方のヒントに溢れている。

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■誰でも「自分らしい物語」を紡ぐ価値がある

 90年代、小沢健二は特別な存在だった。「今夜はブギー・バック「カローラⅡにのって」を知らない人はいなかったし、知らなかったとしてもフリッパーズ・ギターや大ヒットアルバム「LIFE」の楽曲を耳にしていたはずだ。そんな人気者が、ある日突然公の場からいなくなる。そしてその理由について、本人は明確に語らない。

 空白期間に断続的に発表された物語「うさぎ!」などから推測するに、ポップスターとして大衆に受け容れられる楽曲の提供を常に求められ、そのためには「すでに主流であるもの」と似ているものを作らざるを得ない、
その流れに納得できなかったのではないかと思われる。それは経済優先の発想であり、そこには作り手も、聴き手すらもいないのだ。

 彼は一旦ステージを降り、心の深みに潜り、模索をはじめる。ことばを使った表現、映像、絵本などさまざまなジャンルを横断し、多彩な活動をすることで揺るぎない自分の色を見つけていく。

 そして長い時を経て、2017年に19年振りのシングル「流動体について」を発表。これが大ヒットし、夏のフジロックフェスティバルでは会場に収容しきれないほどの観客を熱狂させた。

「開き直ること。かっこ悪いまま、自分たちのかっこよさを、一瞬で取り返すこと」

 小沢健二は葛藤を抱えたかっこ悪い自分を受け止める強さを手に入れ、再び賑やかな場所に戻ってきた。かっこわるいけど、かっこいい。誰でも自分らしさに悩み、模索していいし、必要なら休めばいい…休むから進めることもあるのだから。唯一無二のパラドキシカルで魔法的な存在感から、盗めるワザがたくさんある。

文=青柳寧子