「自分は存在していない」と思い込むコタール症候群って?

暮らし

更新日:2020/5/11

『私はすでに死んでいる ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』(アニル・アナンサスワーミー:著、藤井留美:訳/紀伊國屋書店)

 例えば、自分の体の一部を異物だと思い込む症状があると聞いたら、どう思うだろうか。まず、どんな感覚なのか想像することからして難しいはずだ。この自分の体の一部を異物だと思う症状は身体完全同一性障がい(BIID)という。近いところで性同一性障がい(GID)というものがある。性同一性障がいとは、自分の体の性と自分が自覚している性が一致していない状態を指すのだが、BIIDの場合はこれが体で起きているのだ。すなわち体の性と心の性が一致していないように、体の状態と心で思う「自分の体」のイメージが一致していないのである。例えば「現実には腕が二本あるが、本当は一本しかないのが本来の自分の体だ」と当人が認識している状態をしてBIIDとするのだ。このような不思議な症状について『私はすでに死んでいる ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』(アニル・アナンサスワーミー:著、藤井留美:訳/紀伊國屋書店)はいくつも紹介している。

 コタール症候群と呼ばれている状態がある。これは「自分の脳は死んでいる。しかし精神は生きている」と思い込む状態だ。意味がよくわからないかもしれないが、当事者はまさにこう表現するしかない状態に陥っているのだ。また、本書で紹介されているコタール症候群の当事者の場合、食欲や睡眠欲といった生理的欲求さえも欠落してしまっているというのだから、もはやそれは常人には想像すら及ばない世界であろう。このコタール症候群を日本語で表現するなら、それは虚無妄想という言葉を使うことになる。虚無妄想とは、有り体にいえば「自分の中身は虚無である」と妄想つまり思い込むことだ。やはり感覚的にはわかりづらいだろう。実際にこの虚無妄想であるとされた当事者は「自分には脳も神経も上半身も存在せず、また内臓もない皮と骨だけの存在」と認識していたという。この当事者は「自分には内臓がないのだから食事も必要ない」と考え、かつ生きたまま焼かれることを願って何度も自殺未遂を繰り返したそうだ。

advertisement