旅×食がテーマ! おいしい記憶を呼び起こす原田マハ氏の飯テロ・エッセイ

文芸・カルチャー

2018/6/12

『やっぱり食べに行こう。』(原田マハ/毎日新聞出版)

「ごちそうさまでした」――読後に自然とこの言葉がこぼれてしまう『やっぱり食べに行こう。』(原田マハ/毎日新聞出版)は、著者・原田氏の食に対する想いが詰め込まれた飯テロ本だ。

 原田氏といえば、2005年に『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、作家デビューを果たした人気小説家である。近年ではゴッホの生涯をモチーフにした小説『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)や日常の幸せを掬い上げた短篇集『スイート・ホーム』(ポプラ社)が話題にもなった。

 そんな原田氏が手掛けたこのエッセイ集は、旅と食がテーマ。パリやNY、ロンドン、スペインといった世界各国の取材先で味わった食の想い出や普段の生活の中で大切にしている食へのこだわりが綴られている。

 一般的な飯テロ本は、おいしそうな食べ物の写真が多数掲載されているものだ。それに対して、本書は文字とゆるかわいいイラストのみで原田氏が好きな食べ物を表現しているのだが、それがなんともおいしそうでたまらない。表現力が高いひとつひとつのエッセイには、食への探求心もずっしりと詰まっている。

 また、原田氏なりの食に対するマイルールが垣間見られるのもおもしろい点だ。

「とにかく私は朝食が楽しみ。どのくらい楽しみにしているかというと、朝ごはんを美味しく食べたいから、夜九時以降は何も食べないし、夕食をできるだけ軽く済ませる」

 朝ごはんを食べない筆者からしてみれば、ここまで「食べる」という行為を楽しめる原田氏のマイルールは斬新であり、羨ましくも思えた。旅先での特別な食事はおいしく食べられることが多く、心も躍るものだ。しかし、なにげない日常での食事にわくわくできる現代人は意外と少ないのではないだろうか。原田氏の温もり溢れる文は、食べることが義務になってしまっている人の心にも心地よく響き、食のありがたみを思い起こさせてくれる。

■あなたの“おいしい記憶”を思い出すきっかけに

「そういえば、食にまつわるこんな思い出があったな」と自分の記憶を振り返らせてくれるのも、本書の醍醐味である。今回収録されている数あるエッセイの中で、最も筆者の心に刺さったのが「純喫茶のモーニング」だ。

「私にとって純喫茶の定義とは「入口に小便小僧」「薄暗い」「クラシックが流れている」そして「九時までに入店すると珈琲か紅茶にトーストとゆで卵が付いてくる」ということになった」

 子ども時代に純喫茶で初めて「大人の味」に触れたという原田氏のこの一節は、筆者のおいしい記憶も呼び起こしてくれた。

 筆者はモーニング文化がある地方で生まれ育ったため、子ども時代、原田氏と同じように親に連れられて純喫茶に行ったことがあった。薄暗くて落ち着いた店内で味わった紅茶や厚切りトースト、マカロニサラダ、コンソメスープといったモーニングはどこか大人の味がした。こうした記憶の中の味は、大人になって自力で喫茶店へ行けるようになると忘れてしまうことも多い。しかし、大人になった今だからこそ、思い出したい味でもある。

 出会った食べ物ひとつひとつの思い出を丁寧に振り返っている原田氏のエッセイはおいしい記憶と共に、心の中にしまいこんでしまっていたあの頃の自分も思い出させてくれるのだ。

 行列が絶えないお店やインスタ映えする料理も、たしかに素敵だ。しかし、トレンドスポットに行かなくても心が躍るおいしい食べ物と出会うことはできる。そう感じさせてくれる力が本書には詰まっている。

文=古川諭香