ボブ・ディランのあの伝説本が、フジロック前に日本上陸!

エンタメ

2018/6/16

『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディランの日々と音楽』(ロバート・シェルトン:著 樋口武志、田元明日菜、川野太郎:訳/ポプラ社)

 2016年、ノーベル文学賞を受賞して世界を驚かせたボブ・ディラン。アカデミーの公式発表によれば、受賞理由はディランが「アメリカの歌の伝統にのっとって、新しい詩の表現を創造した口語で表現する偉大なる“詩人”」であること。とはいえ文豪や大著を持つ作家ではなく、自作自演する「音楽家」にノーベル文学賞が贈られたことは前代未聞の大事件であり、世界中で賛否両論が巻き起こったのは記憶に新しい。

 なぜ、ディランがノーベル賞だったのか? ギリシアの吟遊詩人「ホメロス」になぞらえられ、「詩人」としての姿勢と文学性についてさまざまな議論も起こったが、多くの人はディランという人物が社会に与えたインパクトの大きさ、そして時代を経ても輝き続ける歌の力があらためて評価されたからと感じたのではないだろうか。日本にも吉田拓郎、井上陽水、佐野元春ほか多くのミュージシャン、村上春樹、浦沢直樹、みうらじゅんなど、ディランに影響を受けたクリエイターは多い。なぜ、これほどディランが人を惹きつけるのか? それを知るには、ボブ・ディランという人物を知ることが大きな助けとなる。

 このほど長くファンの間で伝説の本といわれてきた『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディランの日々と音楽』(ロバート・シェルトン:著 樋口武志、田元明日菜、川野太郎:訳/ポプラ社)が初翻訳で出版されることとなった。

 著者のロバート・シェルトンは、若きディランの才能をいち早く見抜き、1961年に当時スタッフライターをしていた『ニューヨーク・タイムズ』紙でディラン登場を告げる記事を書き、彼が世に出るきっかけを作り出した人物(記事を見てライブに人が押し寄せ、コロンビアレコードとの契約も決定した)。以来、ディランから厚い信頼を受け、他の人には許されなかった評伝の執筆に取り組むこととなる。さまざまな関係者への綿密な取材が重ねられた本書は、執筆開始から20年が経過した1986年に初版が発行された(今回の日本語版は、初版ではカットされた分を加えて再編集された2011年発行の新版に最新データを加えたもの)。

 本書に描かれているのはディランの生い立ち、音楽家としての萌芽から時代の「代弁者」として圧倒的なカリスマになっていく道のり、フォークからロックへの転身とその苦悩、衝撃的なバイク事故と隠遁生活、そしてワールドツアーを行い『ストリート・リーガル』を発売する1978年あたりまで。ディランという人物の生き方や歌詞の世界がわかるのはもちろんだが、当時の文化状況やメディアのディランへの賛否も詳細に記録され、ディランがいかに時代に大きな影響を与え、また大きな希望を託された存在だったのかをあらためて知ることができる。

 ちなみに2005年にディラン自身が半生を語る同名のドキュメンタリーフィルム(マーティン・スコセッシ監督)があるが、どちらもディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の一節をタイトルにしているだけで作品としては無関係。フェスやライブ、レコーディングの様子など、映像や音で当時の気配がリアルに伝わるのが素晴らしいが、その背景についての本質的な理解については断片的になりがちな面もある。すでにフィルムは見たという方も、本書をあらためて読むことで当時の社会がディランに求めたことの意味について深く理解できるだろう。また、ディランは幼少期の話をあまりしないが、本では両親や友人の言葉だけでなく父や母に贈った愛に溢れた詩まで紹介されており、新鮮なディラン像に驚くはずだ。

 突然不機嫌になったり、意味深な回答で取材者を困惑させたり、捉えどころのない人物としてのエピソードに事欠かないディランだが、本書に記録された1966年のツアー中にディランと筆者が交わした親密な対話の意味は大きい。そこに現れるのは、社会からの暴力的ともいえる要請に困惑し、すっかり疲弊した「ひとりの苦悩する若者」。そんなディランの素顔を伝えられるのは、著者がディランの信頼する「友人」であり、彼を至近距離から見つめ、且つ優れた批評家として客観的に導いたからにほかならない。

 この夏のフジロックに、ディランがやってくる。待望の来日を前に、ディランファンにも、これからディランを知ろうという方にも、本書は外せない一冊になることだろう。

文=荒井理恵