ギロチン、ガス室、電気椅子…実際に行われていた世界の「処刑」の歴史

社会

2018/7/13

『処刑の文化史』(ジョナサン・A・ムーア:著、森本美樹:訳/ブックマン社)

 昨年、上野の森美術館で開催された「怖い絵」展。メディアにもたびたび取り上げられ、連日長蛇の列が形成された絵画展だったので、記憶に新しいという人も多いだろう。その中でも特に注目を集めたのが「レディ・ジェーン・グレイの処刑」という絵画。イギリスの女王だったジェーン・グレイが処刑される直前の様子を、ポール・ドラローシュという画家が描いたものだ。時代の理不尽に巻き込まれて処刑された少女の悲しみが痛切に伝わる作品だが、なぜ彼女は処刑されねばならなかったのか。そもそも処刑とは、何か。『処刑の文化史』(ジョナサン・A・ムーア:著、森本美樹:訳/ブックマン社)は処刑の歴史を時代背景や処刑方法などから解説しつつ、処刑がいかに人類と共にあったかを我々に教えてくれる。

 まず「処刑」そのものに目を向けてみれば、それは「人が人に罰を与える」行為である。もちろん罰にもさまざまな種類があるが、その最上位が「処刑」──つまり「命を奪う」ことだ。本書では「原始時代の採集狩猟民族であっても部族の掟を破れば処刑された」と、その起源を語る。もちろんそれは過去の話ではなく、現代に至るまでずっと続いてきた。今は「処刑」という表現は一般的ではなく、それは「死刑」と呼ばれる。そう、日本でも採用されている刑罰だ。死刑を廃止している国も増えているが、アムネスティ・インターナショナルによると2017年12月31日現在、存置が確認されるのは56カ国であるという。

 では人は、どのような場合に処刑されるのか。基本的には犯罪など反社会的な行動を取った場合がそれに該当するだろう。その中でもやはり「殺人」が一番の重罪だが、14世紀のヨーロッパでは「贋金作り」といった通貨に関わる犯罪者も処刑されている。もちろん、罪を犯した者だけが処刑されるわけではない。例えば古代ローマでは主人に嫌われた奴隷が公開で処刑され、ヨーロッパの中世後期からルネッサンス初期にかけては「魔女狩り」によって多くの人々の命が失われた。権力者の意向によって罪が捏造される、そういうケースも少なくなかったのだ。さらに「権力争い」によって権力者自身も処刑の対象となった。先のレディ・ジェーン・グレイも王位継承争いに巻き込まれた末、16年の短い生涯を終えたのである。

 処刑方法も時代や場所によってさまざまだ。古代ローマでは「コロッセオ」と呼ばれる闘技場で、罪人を猛獣に襲わせる「猛獣刑」などが用いられた。中世ヨーロッパでは貴族の処刑には剣による斬首が採られている。後に「ギロチン」が発明されると、下級階層の処刑にまで使われるようになっていった。そして「絞首刑」は、本書によれば「長い歴史を通して最も頻繁に行なわれてきた処刑」であるという。古くはホメロスの『オデュッセイア』にその記述があり、これ以降は世界各国で実例が見られる。現在も「死刑」に絞首刑を採用する国はあり、日本もそのひとつだ。もちろん近代になり、新たな「処刑」方法も登場する。電気技術の発達により誕生したのが「電気椅子」。そして戦時中に用いられた毒ガスを処刑に採り入れた「ガス室」だ。「電気椅子」と「ガス室」の処刑はアメリカでは1900年代に運用されたが、苦痛など人道的な面から現在は「致死注射」を採用する州が多いとされる。

 そういえば私が大学生だった頃、友人が死刑否定派だったゼミの教授に対し「それは子供の意見だ!」と真っ向から反論していた。彼の度胸と不屈の意志に尊敬の念を抱いたが、このように世代を超えた議論が繰り広げられるテーマは希有である。本書を読むことで何を感じるかはさまざまだろうが、人が人を「処刑」することの是非については、これを機会に見つめ直してみるべきなのかもしれない。

文=木谷誠