12年間にわたるうつ病との闘い―精神薬依存症の恐ろしさをミュージシャンが告白

暮らし

2018/7/17

『「うつ病」が僕のアイデンティティだった~薬物依存というドロ沼からの生還』(山口岩男/ユサブル)

 本記事執筆時点で、有名人たちの飲酒にまつわる事件の余波は完全には消えていない。そして、中には「アルコール依存症」が原因だと考えられるケースも含まれている。お酒を飲まない人にとっては、「どうして常識を無視してまでお酒に手を出すのかわからない」のが本音だろう。しかし、他の全てをなげうってでも、一つのことしか考えられなくなるのが依存症の恐ろしさである。そして、正しく治療をほどこさなければ、やがて心身ともに壊れていくだけでなく、本人の周りから人も去っていく。

 ロックミュージシャンとしてデビューし、今ではウクレレ奏者、ギタリストとして知られる山口岩男さんもアルコールと精神薬の依存症に苦しんできた。2001年から2013年までの間に服用した精神薬は実に35種類。しかも、いくら薬を飲んでも精神状態が改善されない。山口さんは依存症にまつわる地獄の日々と、そこから立ち直っていく過程を著書『「うつ病」が僕のアイデンティティだった~薬物依存というドロ沼からの生還』(ユサブル)で自ら告白している。現代人が依存症の恐ろしさを知るために、ぜひとも読んでみてほしい。

 山口さんがアルコールと精神薬に溺れるようになったのは2000年、弟の死がきっかけだった。悲しみに暮れた山口さんはほどなくしてパニック障害を患ってしまう。そして、心療内科で精神安定剤と眠剤を処方され、アルコールと一緒に飲むようになっていったのだ。当時の山口さんは記憶障害に陥り、自分で書いたメールや、かけた電話の内容をまったく覚えていないことが相次いでいた。もちろん、アルコールと精神薬を併用した副作用である。

 やがてパニック障害が治まってからも、山口さんは精神薬を手放せなくなる。足取りがおぼつかなくなり、健康だった体に異変が訪れてくる。味覚が変わったうえ、生活リズムも乱れ始めたので、痩せ型だった山口さんは徐々に太りだす。2007年12月にはサポートアクトとして日本武道館の大舞台に立つが、その直前にもお酒と精神薬を口にしなければいけなかった。当時の山口さんは抗酒剤を服用した状態でもお酒を飲んでいたというから、依存症はかなり深刻だったといえるだろう。

 最初の妻と離婚した後、2度目の結婚生活も破綻を迎えた。家族との口論をきっかけに、自殺未遂騒動を起こしたのが決定的だった。アルコール病棟に入院し、自助グループのミーティングを回るようになった頃、山口さんは再び離婚届を突きつけられる。死への恐怖からお酒は止めたものの、山口さんはますます精神薬への依存を強めていく。

 精神薬の副作用として、山口さんは強烈な眠気に襲われるようになる。また、集中力が低くなり、繊細なテクニックを要する弦楽器の演奏がおぼつかなくなった。しかも、口元の筋肉が弛緩し、演奏中によだれを垂らすこともしばしば。せっかく招待されたハワイでのイベントでも、体力が著しく低下していたため、その場にいるだけで精一杯だった。終始、不機嫌そうにしていた山口さんは、2度と同じイベントに出演することはなかった。人前に立てば「どうして山口はあんなに太ってしまったのか」「演奏の腕が落ちている」と思われ、ますます評判が落ちていく。仕事もきちんとこなせないので、周囲の信頼も失う。まさに悪循環がピークに達していた。

 山口さんが精神薬依存から立ち直れたのは、3人目の妻が献身的に支えてくれたこと、そして依存症の権威である内海聡医師と出会えたことが大きかった。山口さんが回復に向かうための戦いは、ぜひとも読者がご自身で確かめてほしい。今もなお、山口さんは精神薬の離脱症状から逃れられないでいるが、「お、来たな」と向き合えるほど心は安定している。依存症は「これがないと自分はどうなってしまうのか」という恐怖が根源にある。依存症を克服するには、実体のない恐怖ではなく、今そばにある生活や家族を見つめることが大切なのだ。

文=石塚就一