どうしようもなくわかり合えない人間たちのドラマ——辻村深月の最新作に思わず共感!

文芸・カルチャー

2018/7/18

『噛みあわない会話と、ある過去について』(辻村深月/講談社)

 最近、以前にも増して“毒親”という言葉をネットで見るようになったと思う。身近な知り合いでも「ウチの家も毒親だった」と言いながら、ツイッターでシャレにならないエピソードを披露している人がいたりする。幸い、私の親は毒親ではなかったが、それでも思春期のころは、やはり人並みには喧嘩をしていた。その原因は、親が考える“こうあるべき”という理想像と、子供の中にある“こうしたい”という欲望があまりにも異なるからだろう。

 本稿で紹介する辻村深月氏の新刊『噛みあわない会話と、ある過去について』(講談社)は、異なる立場・価値観・記憶をもつ人たちの“噛みあわない会話”を通じて、どうしようもなくわかり合えない人間たちの姿を、絶望的に描き出す短編集。収録作のひとつ「ママ・はは」は、楽しむことを悪だと考える“真面目教”の母親と、その支配からなんとしても逃れようとする娘の関係性がテーマ。どんな家庭でも起こり得るすれ違いを端緒に、SFチックに世界が歪んでいく展開がぞくぞくする。

 小学校で教師をしている「私」は、2歳年上の教師仲間・スミちゃんの引っ越し準備を手伝っていた。ふたりは片付けをしながら、成人式の写真でスミちゃんが着ている振袖がきれいだとか、真面目すぎる生徒の親の扱いに困っているといった話で盛り上がる。そこから、話題は子供の育て方の話に。子育てやしつけの正解は、どこにあるのか。人に迷惑をかけない立派な大人になることなのか? いい大学や会社に入ることなのか? それは「成長した子どもが、大人になってから親の子育てを肯定できるかどうか」だというスミちゃんは、成人式の写真を見ながら、自分の母親について不思議な話を始める――「私、この着物、実は着てないんだよね」。

 その他3本の短編を収録。「ナベちゃんのヨメ」は、今度結婚する男友達(ナベちゃん)の嫁が「ヤバいらしい」と、同じコーラス部だった女子たちの間で話題になる。ナベちゃんはなぜ、今の嫁を選んだのか? 「パッとしない子」は、アイドルとして人気になった高輪佑(たすく)と、昔彼を教えたことがある小学校教師が再会する一幕。タイトルの言葉が重い意味を持つ展開が衝撃的。「早穂とゆかり」は、ライターの早穂が、有名人になったかつての同級生・ゆかりに取材を申し込む。しかし、ゆかりは昔、“痛い”霊感少女で…。どの短編も、読み終えたときには“救い”と“恐怖”、相反する強烈な感情が読者に突き付けられる。致命的にすれ違うふたりの人間——私たちは、そのどちらにもなり得るのだ。

文=中川 凌