23年前のあの日、なにが起きたのか? 村上春樹氏がひとりの人間として見た“地下鉄サリン事件の真実”

社会

2018/8/13

『アンダーグラウンド』(村上春樹/講談社)

 2018年7月6日、26日は、地下鉄サリン事件の被害者にとって忘れられない日となったことだろう。これらの日は、オウム真理教のかつての教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚ら13人の死刑が執行されたからだ。

 今から23年前に起きた地下鉄サリン事件は、若者にとって“よく知らない事件”になりつつあるが、今もなお、事件の後遺症に苦しんでいる被害者も多い。そんな地下鉄サリン事件の被害者の声にじっくりと耳を傾けたのが『アンダーグラウンド』(講談社)だ。

 本書は人気作家の村上春樹氏が、1996年1月から同年の12月にかけての1年間、地下鉄サリン事件の被害者へ行ったインタビューをまとめたものだ。村上氏が作家としてではなく、ひとりの人間として見た“あの日の真実”とは一体、どんなものだったのだろうか。

■被害者家族も事件の被害者

 メディアでは、重度の後遺症を持っている人が事件の被害者として取り上げられることが多いが、被害者が受けた傷は大小に関わらすはかり知れない。身体的には障害が現れていなくても、事件を機に心に深い傷やトラウマを抱えてしまった人も多い。

 丸の内線で被害に遭った明石志津子さんの兄、達夫さんは高齢な両親に代わって、ほぼ1日置きに病院へ通い、志津子さんの看病をしている。事件後、重篤な状態で病院へ運ばれた志津子さんは脳が腫れた状態になり、起き上がることも話すこともできないだろうと医師から宣告された。

 しかし、その後、志津子さんは懸命にリハビリに励み、右手を少し動かせるようになったり、笑ったりできるまでになった。まだ口はうまく回らないが、簡単な会話も交わせるようになったのだ。担当医は「彼女の脳は小学生程度」だと言っているが、達夫さんは妹を平常の世界に帰させたいという思いを持ちながら、懸命にサポートを続けている。

 達夫さんのように、直接的に被害を受けていない方も地下鉄サリン事件の被害者であるといえる。すべての被害者たちが適切なサポートを受け続けていくためにも、地下鉄サリン事件は風化させてはいけないのだ。

■オウム事件報道をどう見ていくか

 地下鉄サリン事件の被害者とひとくちにいっても、彼らが事件後に抱いている心境はさまざまだ。「私はサリン事件の被害者ではなく、体験者なんです」と語る、鉄道員の豊田利明さんは事件で2人の同僚を亡くした。

「オウムを憎いと思う次元はとっくに通り越し、オウムの報道も見なくなった」という豊田さんは生き残った者としてできることを、事件後に模索し続けている。

 そして、某高級装飾メーカーに勤めている園秀樹さんは出勤時に地下鉄千代田線に乗り合わせたことでサリン事件に遭遇。事件後には視野が狭くなり、パソコンの画面も見えづらくなった。さらに、メンタル面にも事件の後遺症は現れ、一時は周囲の人に「町の様子が何かおかしい。絶対に変なことが起こるから、気を付けたほうがいい」と真剣に忠告をしたり、サバイバルナイフを購入して持ち歩いていたりしていたのだそう。

 園さんはそんな苦渋の日々を過ごしてきたからこそ、他人事だという意識のまま過熱していた事件後のオウム報道を見るたびに、マスコミへの不信感が強くなっていったという。

結局みんなスキャンダルが大好きなんです。「大変でしたね」と言いながら、それを楽しんでいるんだ。

 そう語る園さんの言葉は、事件を体験した当事者としての痛みが込められていた。

 いつもの時間に目を覚まし、いつもの電車に乗って会社や学校へ行く。そんな風に“いつも通りの1日”が始まるはずだったあの日、事の深刻さに気付いたときには、日常がいつも通りでなくなっていた。そんな風になる可能性は、誰にでもある。

 誰しも、「自分だけは事件の被害者にならないだろう」と思ってしまいがちだが、そんな保証はどこにもない。メディアから流れてくる情報をもっと真摯に受け止めなければならないし、メディアも好奇心のみで被害者を取りあげることは避けなければならないのだ。

 あの日、あの時、何が起こったのか知りたいという興味本位な気持ちではなく、もし同じことが繰り返されたら自分はどう行動すればよいのかと考えながら読み進めていけば、本書はまた違った形で心に残る1冊となるはずだ。

文=古川諭香