終戦から今年で73年。元零戦搭乗員による貴重な証言集がついに完結

社会

更新日:2018/8/15

『証言 零戦 搭乗員がくぐり抜けた地獄の戦場と激動の戦後』(神立尚紀/講談社)

 昭和15(1940)年、大日本帝国海軍が正式採用した戦闘機「零式艦上戦闘機」――これが「零戦」の正式名称である。この零戦に搭乗した方々を20年以上にわたってインタビューし、脚色されない真実の歴史を記録しているのが「証言 零戦」シリーズだ。第1作の『証言 零戦 生存率二割の戦場を生き抜いた男たち』から始まり、『証言 零戦 大空で戦った最後のサムライたち』『証言 零戦 真珠湾攻撃、激戦地ラバウル、そして特攻の真実』と続き、今回出版された4作目『証言 零戦 搭乗員がくぐり抜けた地獄の戦場と激動の戦後』(神立尚紀/講談社)でシリーズ完結となった。

 終戦から今年で73年。当時20歳前後だった若者も90歳を超え、その多くがすでに鬼籍に入っている。しかも日本海軍には「サイレント・ネイビー」という言葉があり、物事を大げさに話すことや、軽々に自分のことを語らないという気風があるという。また戦後の複雑な事情や、自分だけが生き残ってしまったという自責の念もある。話を伺うのは本当に大変なことだったろう。それだけに本書にはとても貴重な証言が詰まっている。

 6人の元零戦搭乗員のインタビューが収められている本書は、まず各人の子供時代のエピソードから海軍へ入ったいきさつ、そして零戦に搭乗した戦争中の記録がある。壮絶な空中戦をくぐり抜けた指揮官、原爆投下後の長崎の惨状を目にした搭乗員、特攻隊員として指名されるも終戦となった若者たち……そして生き残った彼らが戦後をどう生き抜いたのか、丁寧に記録されている。戦争について、そして現代の日本についての質問への元零戦搭乗員の言葉はとても重い。中でも第六章で証言をしている日本で初めて敵機を撃墜した生田乃木次さんの言葉と数奇な運命には、思わず言葉を失ってしまった。戦前、戦中、戦後と、生きることの価値観がこれほどドラスティックに変わってしまった時代はないだろう。

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 この本を手にした時、私は大正12年生まれの伯父のことを思った。

 私の伯父は愛媛県で生まれ、昭和18年1月、19歳のときに志願して佐世保海兵団へ入団。軍艦「榛名」に乗艦後、横須賀の海軍工機学校に入学し、昭和19年5月に上等機関兵に進級、軍艦「金剛」の乗組員となった。しかし同年11月21日、金剛はサマール沖海戦からの帰還中に台湾海峡で米海軍潜水艦「シーライオン」から魚雷攻撃を受け、その後沈没。機関室にいた伯父は21歳で戦死した。

 17歳のときに長子として伯父を生んだ祖母は、上京するたびに靖国神社へ参拝し、幼い私に「ここに眠っているんだよ」と伯父の話をしてくれた。私はそれを不思議な気持ちで聞き、会ったことのない伯父について今も考えている。もし生きていたら、その後の人生はどんなものになったのだろう。やはりこの本に出てくる人たちと同じように、生きるために苦労したのか。しかしたとえ苦労したとしても、生きる喜びを感じたのではないか、もちろんそんな簡単に割り切れるような話ではない、でも……と答えの出ない問いに逡巡するばかりだった。しかし本書のまえがきを読み、それは決して無駄ではないことを教えられた。

零戦を駆って戦った男たちの等身大の姿を、いまを生きる日本人、特に孫、曾孫の世代に知ってもらいたい。
彼らの生の声が、戦争の実相を知り、いま、守るべき平和を考えるよすがになれば、そして、敗戦ですべてを失ってなお、「第二の人生」で新たなる戦いに挑み、生き抜いた姿からも、なにごとかを感じ取ってもらえたら――これが、このシリーズを通しての、著者としてのささやかな一念である。

 勇ましくわかりやすい言葉や物語、自分に都合の良い意見ばかりを盲信してはいけない。人間は、考えることを決してやめてはいけないのだ。

文=成田全(ナリタタモツ)