「障害者は不幸を作ることしかできませんか?」脳性まひの妹・亜由未が教えてくれたこと

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公開日:2018/8/21

『亜由未が教えてくれたこと』(坂川裕野/NHK出版)

「障害者は不幸を作ることしかできません」――この衝撃的な言葉は2016年7月26日に神奈川県の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた大量殺人事件の容疑者・植松聖被告が事件後に発したものだ。施設職員であった植松被告は、障害者の家族が疲労していると感じ、このような事件を起こしたと語っていた。この植松被告の言葉を聞いた世間の反応はさまざまだったが、賛同の意志を見せる人も少なからずいた。

 そんな事件をきっかけに、障害者の家族が感じている想いをテレビで発信しようと考えたのが、NHK青森放送局のディレクターをしている坂川裕野氏だった。本書『亜由未が教えてくれたこと』(坂川裕野/NHK出版)は番組制作の裏側が記されているだけではなく、障害者の家族が抱いている想いがまとめられた、世界にたったひとつの家族の物語である。

 坂川氏の妹・亜由未さんは重い脳性まひを患っており、首から上と右手がわずかに動かせる程度のため、家族がおよそ15分から40分おきに、車いすとベッド、うつぶせ台(うつぶせの姿勢をとるための補助器具)を行き来して、体位交換を行わなければならない。亜由未さんは、言語でのコミュニケーションも難しく、24時間の介助が必要な状態だ。

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 坂川氏は彼女と共に育ってきた人生を不幸だとは思ったことがなかったが、妹の介助に携わった経験もなかった。そのため、番組制作を通じ、初めて体位交換や食事の介助などを行い、より妹に密着しようと試みた。果たして彼は障害者の家族として妹の介助を行い、どんな気持ちを抱いたのだろうか。

■フェアな関係の介助者と障害者

 障害者への介助は介助者から障害者への一方通行な行為だと考えている方も多いかもしれないが、そうであるとは限らない。たとえ重度の障害を患っていても、障害者から介助者に対する配慮もあるのだと坂川氏は取材を通して気づかされた。

 18歳で特別支援学校の高等部を卒業した亜由未さんは2人きりで過ごすことが多いヘルパーさんに対して、彼女なりの気配りを見せている。例えば、ヘルパーさんに抱きかかえられるとき、亜由未さんは体を縮める。そうすれば相手が抱きかかえやすくなることを彼女はちゃんと理解しており、相手を気遣っているのだ。

 また、亜由未さんはひとりになると「はあ」とため息をつくことがあるが、ヘルパーさんの前ではいつも明るく笑っている。亜由未さんが見せる明るさは、目の前の相手と良い関係を築いていくための気遣いでもあるのだ。

 24時間介助を受けていないと生きられない亜由未さんは、自分が置かれている状況をしっかりと理解している。自分の気持ちをうまく言葉にできない重度の障害者は時として、人間としての尊厳を無視した扱いをされてしまうことがある。知的障害者施設での虐待が問題になるのも、障害者の心を軽視している人がいるからだ。しかし、彼らだって私たちと同じように、自分の意志や伝えたい気持ちをちゃんと持っている。障害という壁を強く意識しすぎてしまっているのは、もしかしたら健常者である私たちのほうなのかもしれない。

■障害者の家族は不幸か?

「亜由未のことを知ろうとしてこなかった23年間を埋めたかった」という坂川氏は、番組の制作を通して、障害児を持つ母親・智恵さんの素直な気持ちにも触れた。

 亜由未さんの介助を積極的に行っている智恵さんは障害児を産むと決心したが、出産して間もない頃、亜由未さんの止まない泣き声を聞き、精神が病んでいったこともあったのだそう。障害児を育てることの難しさに直面した智恵さんは「リセットボタンがほしい」「このまま何もかもなくなったらいいのに」とも思った。

 しかし、自分が抱いた時だけ泣き止むようになってきた亜由未さんを見て、「母親として認めてもらえた」と感じ、自信を取り戻した。そして今では、亜由未さんを「お神輿」のような存在にしたいと考えている。

「お荷物」ではなく。重たいけれど、交代しながら大勢の人が担いでいく。肩も痛いし、足も踏まれるけれど、みんな楽しくて担ぎ手に名乗りを上げる。一人じゃ担ぎ切れなくても、みんなが力を合せることで動き出す。

 この言葉を聞いて、自分の中に抱いている障害者家族へのイメージが覆される方は多いのではないだろうか。

 障害があると、自分ひとりの力ではできないことがどうしても出てくる。しかし、だからといって障害者は不幸ではないし、不幸を生み出す存在でもない。障害者の家族は、障害者の存在によって笑顔になれることだってあるのだ。

 現に、智恵さんは出生前診断という敏感な問題に対しても、こんな言葉を残している。

「産んだ方がいいとか、産まない方がいいとか、その人の人生だから私は軽々しく言えないけど、こんなにいい人生はないよって。なかなかできない経験だよって、言ってあげたいな。私自身、亜由未と一緒に生きて、自分の幸せがどうでもいいくらい幸せになったんだから」

 障害者の家族が日常の中で感じる負担は、たしかに健常者の家族よりも大きいかもしれない。しかし、だからといって「自分たちは不幸だ」と思っているわけではない。「亜由未はほっとけない存在」だと語る坂川氏の言葉からは障害の有無に関係ない、純粋な兄妹愛が感じられた。家族から愛されている障害者の命を奪う権利は、誰にもないのだ。

文=古川諭香