父の自殺、姉夫婦との絶縁、略奪愛…玉袋筋太郎が経験から学んだこと『粋な男たち』

エンタメ

2018/8/18

『粋な男たち』(玉袋筋太郎/角川新書)

 時代と共に価値観は変わる。ひと昔前の“かっこいい”は「粋な生き方をしている男」だった。『男はつらいよ』の寅さんとか、「粋な男」の五木ひろしさんとか、そんな男たちのことだ。現在では、粋な生き方をする男は化石のような存在で、周りからも「かっこいい」と評価されにくい。

“粋”が時代遅れになってしまった今、日本はちょっぴり息苦しくなっている。「正しいか、正しくないか」。そんな視点で物事に白黒はっきりつけたがる人々があふれかえってしまった。グレーゾーンを許さず、心に余裕がない。だからSNSが毎日のように炎上し、ワイドショーが極端な内容を流してしまう。

 今の時代だからこそ、ひと昔前の“粋”な精神が必要ではないか。お笑い芸人の玉袋筋太郎さんは『粋な男たち』(玉袋筋太郎/角川新書)でそんなことを訴えている。

 本書は、玉袋さんが今まで見てきた“粋な男たち”との出会いやエピソードを挙げて、読者に「粋とは何か」を伝えようとする1冊だ。なぜか読み終えると少しだけ良い気分になるので、読者にもちょっとだけおすそ分けしたい。

■ビートたけしの粋な生き方

 大半の読者はご存じだろうが、玉袋さんはたけし軍団の一員だ。したがってビートたけしさんは神様のような存在。なにより“粋な生き方”を教えてくれた一人でもある。

 まだ玉袋さんが入軍する前、ただのいちファンだった頃、たけしさんがよく通う店で何度も待ち伏せしていたら、見かねたたけしさんがご飯に誘ってくれたこと。

 日本を代表する大御所になった今でも若い頃のことを忘れず、恩返しのために世話になった人々の面倒を見ていること。

 お笑いコンビ「浅草キッド」が不祥事を起こして謹慎になったとき、たけしさんがどん底にいる玉袋さんと水道橋博士を飯に誘って「明けない夜はない」と励まし、一緒に酒を飲んでくれたこと。

 このようなエピソードを挙げて、たけしさんの粋な生き方を紹介している。どのエピソードも心温まるものばかりだ。

 20代の筆者は“粋”というものが何か理解できていなかったが、本書を読んで分かった気がする。“粋”とは“相手を想うこと”ではないか。相手の心が温かくなるように、自分の気持ちを相手に分けてあげる。そんな行為なのかもしれない。

■玉袋さんが居酒屋で学んだ粋な振る舞い

 本書を読むと、“粋の精神を持っているかどうか”でその人の振る舞いが大きく変わることが分かる。

 たとえば居酒屋で店員さんにオーダーするとき。我が物顔で「スイマセ~ン!」と注文する人、玉袋さんに言わせればダサいそうだ。客の特権を最大限に利用する人間は、店員さんだけでなく周りの客にとっても迷惑だ。彼らには“遠慮”という精神を学んでほしい。

 また、会計で財布を出すタイミングも変わる。たとえどんな会でも、楽しく飲み食いしたならば「気持ち良く金を払う」ことが大切。つまり相手より先に財布を出す。グズグズしたり、そもそも財布を出そうとしなかったり、そんな人と誰が一緒に飲みに行きたいだろうか。

“恩を返す”という精神も大事だ。若い頃、先輩芸人であるダンカンさんに大変世話になった玉袋さんは、いつか恩返しがしたいと思っていた。だから仕事が増えて財布に余裕ができたある日、いつものように飲み食いした後、ダンカンさんに知られないようひっそりと会計を済ませた。先輩を奢ったのだ。このときのダンカンさんの嬉しそうな顔は未だに覚えているという。

 玉袋さんは“粋”の多くを居酒屋で学んだので、本書は酒の話が多い。これらに共通しているのは、人間同士の関わり方ではないか。誰かと気持ち良く付き合う。そのためにできることを、その人のできる範囲で実践していく。粋とは、そんな生き方のことかもしれない。

■自分の人生経験を“粋”にする

 でも、こういった“粋”はどうやって身につければいいだろう。本書の最後では、玉袋さんが自身のエピソードを交えながら、粋に対する答えのようなものを見出している。

 玉袋さんには世間に知られていない過去がいくつかある。姉に金を無心された父親が自殺し、姉と絶縁してしまったこと。母親が認知症になって施設に入所したこと。さらに結婚したばかりの女性を彼女にし、そのときの夫に土下座して許しを請い、そのまま結婚してしまった略奪愛の経験もある。

 どれもハードな体験だ。玉袋さんは本書でこのときのことを赤裸々に語っている。読んでいて息を飲んでしまう。

 このエピソードがなぜ“粋”につながるのか。玉袋さんはこのように述べている。

どの関係性においても、いずれも“ワケあり”の濃い関係ばかりだよな。でも、彼らとの交流を通じて、オレはひとつひとつ、自分なりの選択を迫られその時々に応じて決断をしてきた。その際の判断基準になったのは、自分の胸に手を当てて、「正しいか、どうか?」「カッコいいことか、カッコ悪いことか?」ということだった。

 人生には、楽しいことやイヤなこと、大変なことや腹の立つこと、様々なことが待っている。それらをすべて経験して、今の自分がいるはずだ。そしてこの過程で生まれるのが、自分なりの人生観や善悪の分別、そしてカッコいいものと悪いものだ。

“粋”とは習得するものではない。その人の人生が、その人の粋となって表れる。

 ちょっとギスギスする現代には、自分の生き方を見失った人が増えているのではないか。時代と共に価値観は変わる。“粋”は現代人にとって古臭いものだ。でも改めて見つめると、こんなカッコいい生き方はない。今の時代だからこそ、ひと昔前の“粋”な精神が必要だと感じる。

文=いのうえゆきひろ