サイコパス、親族間殺人、凶暴生物…本当に怖いものはどこにいる? 惨劇を綴ったノンフィクション

文芸・カルチャー

更新日:2018/8/17

「怖い話」「ホラー」とひと括りに言っても、指すものはさまざまだ。あなたが「怖い」と思うモノは、例えば、今日電車で隣り合わせて座った人とも全然別のモノかもしれない。だが、その「隣の人」が何をして、何を考えているのか、深く考えてみたことがあるだろうか?

 ここでは、ニュースや報道で「他人事」として眺めてきたさまざまな凄惨な事件やドキュメントから、もしかしたらあなたの日常生活ともつながっているかもしれない、暗い闇の部分を覗いてみたい。ここで紹介する5作品は、いずれも丹念な取材をもとに綴られた緻密なノンフィクションだ。

■ストーカーがやめられない加害者の心理から見えてくる、愛情と狂気の境界線

『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(田淵俊彦・NNNドキュメント取材班/河出書房新社)

 ストーカー問題は、私たちが考えているよりも実は身近で、凶悪事件の引き金になることも多いという。ストーカーの被害は年々増加傾向にあり、規制法が施行されてもなお加害行為は止まっていないというから尚更恐ろしい。

advertisement

 あなたの周りにこんな人はいないだろうか? 意中の異性と連絡が取れないと不安になり、数分間に何十回も電話を掛けたり、自宅に車があるか確認しに出かける人間。あるいは、思い出共有のためと称して、GPS機能が付いていることを内緒にしながら写真共有アプリを恋人にダウンロードさせている人間…。

 ストーカーは、自分と遠い存在のように思えるが、実はその境界線は恐ろしいながらも曖昧だ。本書は「ストーカー“加害者”」の心理を追い克明に記したノンフィクション。くれぐれも、愛情と狂気を履き違えることのないよう参考としていただきたい。

■逮捕されていない殺人犯は今どこにいる? 迷宮入りした未解決事件の裏側に迫る

『迷宮探訪 時効なき未解決事件のプロファイリング』(双葉社)

 警察庁犯罪統計資料によると、2007年から2016年までの10年間で認知された殺人事件のうち、98%の犯人が検挙されたという。逆にいうと「2%の殺人」は犯人が見つからないままである。本書に登場する未解決殺人事件は、いずれも世間に大きな衝撃を与えた陰惨な内容だ。2000年大晦日に起こった「世田谷一家殺人事件」の現場はあまりにもいたましい。両親と2人の子どもが惨殺され、長女と母親は絶命後に身体を切り刻まれていた。プロファイリングではこう分析されている。

どんなに恨みを持っていたとしても、一般人にここまでの犯行はできるわけがない

 その犯行手口から指摘される犯人の手がかりとは――。ぜひ本書でその説得力ある推理を読んでいただきたい。犯歴と深い闇を抱えた人間が、今どこでどうやって過ごしているのか、あなたも一緒に考えてみてほしい。

■人を殺してみたかった…「体験殺人」という異常な動機を生んだ深層心理

『人を殺してみたかった―17歳の体験殺人!衝撃のルポルタージュ』(藤井誠二/双葉社)

 2000年5月、なんの前触れもなく17歳の少年が学校帰りに見知らぬ老女を殺害した。帰宅した夫が血だらけで倒れている妻を発見するが、現場から立ち去ろうとした少年と出くわし、夫も首を刺される。妻は、顔面や頭部をかなづちで殴打されたうえ、包丁で全身40カ所以上刺されて死亡した…。非行歴もなく、知的能力も高かった少年が突如起こした、残忍で不可解な犯行。本書は、この加害少年の膨大な供述をもとに周到な取材を行い著されたノンフィクションだ。

 少年が発した「人を殺す経験をしてみたかった」という動機の異常さは、供述調書に記された、人を殺すことに対するハードルの低さからも読み取れる。善悪の判断が付きにくい人間、また、自分と異なる考えを持つ人に対する尋常ではない憎しみや怒り、そのように通常とは違う感情の発露を見せる人間に対して、私たちはどう接するべきなのか。犯罪を防ぐための法律や医学ではまだ答えを出せていない深い問いに向き合うきっかけとして、本書に目を通してみてほしい。

■日本の殺人の55%は「親族間」で起きているというショッキングな事実。その現場にあったのは――

『子供の死を祈る親たち』(押川 剛/新潮社)

 警視庁が公表したデータによると、2016年に摘発した殺人事件(未遂を含む)のうち55%、つまり半数以上が「親族間殺人」だったという。現代の日本の家庭や親族内での人間関係がいかに危うげに保たれているかを、思い知らされる数字だ。しかもこの割合は残念ながら増加傾向にあるという。増加要因のひとつには、「裁判で温情判決が下されやすい」ことも関係するらしい。本書で著者が問題視するのは、こうした判例が続けば、対応が難しい問題を抱えた親族内での事案においては、「理由があれば、家庭内殺人もやむなし」という風潮に流れていくのではないか、という危機感である。

 自室に籠もり「自殺する」と脅して親を操るようになった息子、母親の不用意なひと言から人生を狂わせやがて覚せい剤から抜け出せなくなった娘、財産や高齢化に付け込んで親を奴隷化するケース…直視しがたい数々のリアルな事例を挙げて、現代日本の抱える巨大な、そして一番身近な病巣に迫る1冊だ。

■史上最悪の獣害事件「三毛別ヒグマ事件」の凄惨な現場で見たものは――

『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』(木村盛武/文藝春秋)

 クマというと、童謡やアニメキャラクターのイメージから、かわいらしいものと考えている人もいるかもしれないが、今から100年以上前に北海道で発生したヒグマ事件を追うと、そのイメージもガラリと変わるだろう。(※本書には凄惨な描写も含まれるため、苦手な方はご注意いただきたい)

 惨劇は1915年12月9日に幕を開けた。現在の北海道苫前村にあった集落で、巨大なヒグマが一軒に狙いを定める。家主不在の間に、内妻と預かり子がまず犠牲になった。悲しみに暮れ、通夜に集まる村人たちを、さらなる獲物を求めてふたたび村に戻ってきたヒグマが襲う。その後、50名にもなる討伐隊との対峙、最初の被害から1週間近くにも及ぶ熊と人との死闘が、本書では容赦なく克明に描かれる。胎児を含めて8名の死者、2名の重傷者を出した史上最悪の惨劇は、小説や映画、テレビでも語り継がれている。その真相を本書から読み取っていただきたい。

文=田坂文