彼女を苦しめたのは、「普通」という“呪い”――ゴトウユキコが描く『夫のちんぽが入らない』は、さらに痛々しく、それでいて朗らかだ

マンガ

更新日:2018/9/25

 9月6日に、漫画版『夫のちんぽが入らない』の第1巻が発売された。

 コミカライズを手がけるのがゴトウユキコさんだと知った瞬間、両手を叩いて喜んだのを覚えている。きっとそういう人たちは多くいただろう。こだまさんの描く「夫のちんぽが入らない」を好きな人とゴトウユキコさんの作風を好きな人は、親和性が高いように思えた。それは、単なるセクシャルな部分のみによるものではない。勝手ながら、彼女たちの描く作品には、「生きづらい運命を背負った人たちがもつ怒り」のようなものがあるように感じていたからだ。

 ちなみに、コミカライズの作者がゴトウさんだと知ったときに頭に思い浮かべていたのは、彼女の代表作である『R-中学生』の一場面であった。それは、汚物フェチの伊地知くんが、学校の女子トイレの汚物を勝手に漁っていたことがバレてしまい、いじめが始まったときの話である。理不尽な暴力から逃げる最中、彼は内心「好きでこうなったんじゃないのに」と歯を食いしばる。私はこの一言から展開される、クライマックスまでのストーリーがとても好きで、だからこそ『夫のちんぽが入らない』のコミカライズがゴトウさんだったことに喜んだ(詳しくは作品をお読みください。全4巻)。

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 小説『夫のちんぽが入らない』という作品も、好きでこうなったわけではない夫婦の、“入らない”ことによる痛々しい記録だ。なんでか作者は、夫のちんぽ“だけ”が入らない。大学時代に出会い、お互いに好きで付き合って、日々を共に過ごし、彼が社会人になると同時に結婚を約束する。夜の営みをのぞけば、平穏で、これ以上ない「ふつうの幸せ」。ふたりが「ふつう」たり得ないのは、ちんぽが入らない、その事実のみであった。

 漫画では、原作では存在していなかったふたりの名前がついている。鳥居さち子と倉本慎。名前がついた途端に、キャラクターが一人立ちして動き出しているように見えるから不思議だ。『夫のちんぽが入らない』という素晴らしい文学作品に、ゴトウさんが息を吹き込み、色を与えた。


 日常シーンと、夜の営みの場面のギャップもいい。

 とても朗らかな、あたたかいふたりの日常。深夜に鍋焼きうどんを食べに行ったり、一緒に銭湯に通ったり、遠距離中も毎晩電話で話したり。漫画だと慎くんが格好良く見えてきちゃうから不思議だ。慎くんとさち子がふたりで何かをしている様子はとても愛おしくて、「本当に兄妹みたいだ」と微笑ましくなる。


 しかし、夜は一転、痛々しい音とともに流れる血、歯を食いしばりながら侵入を待つさち子、汗をかきながら門を叩き続ける慎。ふたりは、ふたりだけの残酷な現実を共有する。



 第1巻は、彼らが社会人へと突入する寸前(原作であれば、第1章が終わるちょっと前あたりまで)が収録されている。ふたりの、ささやかだが、奇跡的で幸福な時間。そして、不毛で痛々しい夜の営み。そのどちらもが、美しい絵によって彩られている。

 原作をすでに読んでいて、もう道筋は知っているはずなのに、慎くんの告白のシーンで「きゃ!」と両手を口に当ててしまうし、入らないシーンで「お願いだから入ってくれ……」と心の中で懇願している自分がいる。ああ、そうか。私はいま、ゴトウユキコさんの瞳を通して、ふたたび『夫のちんぽが入らない』を読む喜びと苦しみを味わっているのだ。

 もう何度言ったかわからないが、『夫のちんぽが入らない』を漫画として新たに命を吹き込んでくれた人が、ゴトウさんでよかった。ひとつの傑作が、新たな種子を飛ばし、いま新たな土地で大きく美しい花が開こうとしている(ように見える)のだ。

文=園田菜々

(C)こだま・ゴトウユキコ/講談社

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