5年先まで予約が取れない「パン屋」、その人気の理由は…

食・料理

2018/9/24

『月を見てパンを焼く 丹波の山奥に5年先まで予約の取れないパン屋が生まれた理由』(塚本久美/カンゼン)

 丹波の山奥に「5年予約待ちのパン屋」があるのをご存じだろうか。しかも、店舗は持たずに、通信販売だけで販売しているというから驚きだ。かつて、東京のパンの名店「シニフィアン シニフィエ」で修業をしていた著者が、なぜ丹波にやってくることになったのか、彼女のパンの人気の秘密とは何かをひもとくことができるのが『月を見てパンを焼く 丹波の山奥に5年先まで予約の取れないパン屋が生まれた理由』(塚本久美/カンゼン)だ。

 フジテレビ系列の番組『セブンルール』で取り上げられたことをきっかけに一躍有名となり、なんと5年予約待ちだという「ヒヨリブロート」のパン。店主の塚本久美さんのパンを食べた誰もが虜になるという人気のパン屋だ。自然栽培の小麦粉や、地元農家の野菜や果物などを使用したこだわりのパンは、パンにそれほど関心がなかった男性をもうならせるという。

 特に関心を引くのが、月齢に合わせてパンを焼くという彼女独特のスタイルだろう。

新月から満月を超えて5日間の、月齢ゼロから20の間は「パンをつくる時間」。満月の6日後から新月の、月齢21から28の間はパンをつくらず、生産者さんや食材との出会いを求めて旅に出ます。

 月の満ち欠けに合わせてパンを焼くというスタイルは、彼女がドイツでパンの修業をしていたときに修業先のパン屋が実践していた方法で、ドイツではそれほど珍しいことではなかったそう。自然の持つ力を最大限パンに取り入れることで、彼女にしか作ることができないパンが生まれたのだ。また、旅に出る期間は積極的に生産者のもとを訪れ、さまざまな仕事を手伝いながらコミュニケーションを図っている。彼女がすんなりと生産者の懐に入っていけるのは、こうした努力の賜物なのだ。

 元々は、リクルートの営業出身だという彼女。当時は、休みの日に大好きなパン屋を巡るのが楽しみだったが、いつしかパンを焼きたいという思いが強くなり思い切って転職することになる。全くの素人だった彼女は、パン作りで毎日のように怒られながらも、自分にできることをとにかく一生懸命に行おうと特に掃除は徹底していたそうだ。どんなに忙しくても、今でも毎日2時間は工房の掃除をするという。「すべてはパンを食べてくれるお客さまのため」。そんな彼女の思いが詰まったパンに、なぜこれほど人気が集まるのかがわかるような気がする。

 本書には、著者が以前働いていたリクルートやパン屋での経験談、生産者たちとの逸話がたっぷりと盛り込まれている。常に前向きで、今までに出会った人たちのおかげで今の自分がある、と感謝の気持ちでいっぱいの著者。その思いが人と人とを繋げ、口コミでパンのおいしさが広がっていくことになる理由ではないだろうか。また、彼女には、ここぞというタイミングでたくさんの縁が巡ってくる。丹波に移り住むことになったのも、ちょっとした人との出会いがきっかけだったそう。パンの工房や設備、住む場所などが揃い、まるで呼ばれるかのように丹波で開業することになるのだ。そこには、「運がいい」と一言で片付けてしまうことができない、彼女が持つ「引き寄せ力」があるような気がしてならない。

 本書で印象的だったのが、著者が自分自身のことを「合理的なビジネスマン」だと表現する箇所だ。月齢に合わせてパンを焼く、なるべく農薬を使用しない素材を使用するなどと言うと儲けは二の次だと思われがちだが、きちんと仕事を続けていくためには正当な対価をいただくことが何より大切だと話す。事業を続けていくことは生半可なことではない。いいものを作っても、広報や価格設定がうまくいかずに失敗しているビジネスはたくさんある。きちんと「コスト意識」を持ち、利益を生み出すビジネスモデルが必要となるのだ。本書は、これからビジネスを始めたいという人の指南書にもなってくれるだろう。

 著者の周りには、今日もたくさんの人の幸せな笑顔が溢れている。いつ届くかわからないパンだが、5年待ってでもぜひヒヨリブロートのパンを食べてみたい。

文=トキタリコ