医局内の争いの中、理想の医師を目指す… 現役医師が描く、究極のヒューマンドラマ

文芸・カルチャー

2018/9/23

『ひとつむぎの手』(知念実希人/新潮社)

 医は仁術。医術は単なる技術ではなく、人を救う道であるはずだ。だが、残念ながら医師にとって正しい道を常に進み続けることは難しい。医局に入局すれば、出世競争に巻き込まれることもあるし、いざこざもある。どの医師も何らかの志や理想を持って医師という道を選んだはずだが、それを忘れて私利私欲に走ってしまう者も少なからずいる。

「天久鷹央」シリーズ、『螺旋の手術室』『優しい死神の飼い方』『仮面病棟』などの作品で知られる現役医師・知念実希人氏の新刊『ひとつむぎの手』は医局内の争いの中で、患者を救うために奮闘する医師の姿を描いた作品。誰よりも努力家でまっすぐな主人公があらゆるしがらみの中で自分の道を見出していく姿は何だか読者まで勇気づけられる。

 主人公は、心臓外科の執刀医を志し、大学病院の過酷な勤務に耐えている平良祐介。彼は医局の最高権力者・赤石教授に、3人の研修医の指導を命じられる。赤石教授曰く、研修医の3人のうち2人以上を心臓外科に入局させたら、ずっと祐介が望んできた関連病院への出向を考えてやってもいいという。「一流の心臓外科医になるためのキャリアをなんとしても手に入れたい」と、祐介は3人の研修医の指導に悪戦苦闘。だが、そんななか、医局内で赤石が論文データを捏造したと告発する怪文書が出回る。祐介は赤石教授からさらに「怪文書を流した犯人を探せ」と命じられるのだが…。

 祐介が所属する心臓外科は、医師の中でも特に多忙を極める科として知られる。何日も家に帰れなくて当たり前。祐介自身も1週間で1日しか家に帰っていないほどだ。こんな姿を研修医たちに見せて良いのか。悩んだ祐介は、彼らに心臓外科の実態を隠し通そうと考える。しかし、それは裏目に出る。研修医たちには、皆、理想の医者像がある。患者を救いたいという強い思いがある。生半可な気持ちで心臓外科医を志しているわけではない。そんな思いを踏みにじるような行動をとっては、嫌われてしまっても無理はない。

 だが、祐介自身は決して悪い医師ではない。人に媚びを売るようなことはできず、嘘も下手で、とにかく不器用。権力闘争は苦手だし、他人に仕事を任せることができず要領は悪い。しかし、彼は誰よりも努力家だ。そして、その人の良さで、同僚からも患者からも慕われている。そんな彼の、人情味ある本当の姿に、研修医たちが気づいてくれれば良いのだが。一流の心臓外科医になることを目指している彼のたゆまぬ努力が報われる日が訪れるのだろうか…。彼がどんな道を切り開いていくのかは見ものだ。

 現役医師だからこそありありと描かれる、医師としての日常と権力争い。そして、怪文書をめぐるミステリー。医療ミステリーの旗手によるこの作品は、究極のヒューマンドラマ。読めば、まっすぐで不器用な主人公の姿に、何だかちょっと勇気づけられる、心あたたまる物語だ。

文=アサトーミナミ