“出来の悪いほう”と呼ばれてきた弟。母の突然死で転機が!「ワイン作り」を通して生き方を見つめなおす再生の物語

文芸・カルチャー

2018/10/20

『月のぶどう』(寺地はるな/ポプラ社)

 たしか、成人祝いの席でのことだ。はじめてのワインの味に、大人たちはなぜこんなものを好きこのんで飲むのだろうと、顔をしかめたのを覚えている。それから幾年、わたしは「こんなもの」を大喜びで飲むようになった。人生、なにがどう変わってしまうか、自分でもわからないものだなと思う。

『月のぶどう』(寺地はるな/ポプラ社)の主人公・歩も、変化に向き合わざるをえなくなった人間のひとりだ。

 歩の実家は、曽祖父が興し、母が発展させてきたワイナリー。歩は、優秀な双子の姉・光実と比べられ、「出来の悪いほう」と呼ばれてきた。光実は、カリスマ社長である母に期待され、ワインづくりにかける情熱も持っている。歩はいつしか家業から目を背けるようになり、家を離れて進学するが、その大学も中退。勤めに出たものの長くは続かず、今は叔母の経営するカフェでアルバイトをして暮らしている。もうすぐ26歳になるのだ、しっかりしなければならないのはわかっている。だが、姉のように「どうしてもやりたい」と思えることもない。くすぶる歩に、運命は強制的な転機を用意した。母が突然亡くなったのだ。

 母の丁寧な仕事を見ていた光実は、会社がアグレッシブな親戚の手に渡ることを阻止するため、入り婿の父を社長にして姉弟で支えていこうと言いはじめる。光実に負い目がある歩は、その申し出を断れない。かくして歩は、それまで見向きもしなかった葡萄畑に足を踏み入れることになるのだが、ぽっと出の坊ちゃんである彼に、同僚たちは冷ややかだった。おまけに、畑仕事は重労働だ。同僚に無知を笑われ、慣れない農作業に疲れ果て、それでも日常で起こるささやかな喜びを支えに、歩は畑に、家業に馴染んでいく。

「ワインの出来は、葡萄の良し悪しで決まる」──一般にそう言われるし、作中に登場する言葉でもある。そして良い葡萄は、良い土地で採れる。葡萄が病気になってしまえば、その年の苦労はすべて水の泡だ。けれど本当に、そんなふうに言い切っていいものだろうか。そんなはずはない、と言える力が、この物語を支えている。その土地でしか採れない葡萄があり、その葡萄をより愛してもらおうと、手間ひまをかける人がいる。だからワインの味わいは、大人だけのものなのだ。自分は愛されている、どんなふうにも変わっていける。たとえ一度失敗しても、そこからなにかを学べるはずだ。そのことに気づいてはじめて、愛おしく思えるものがある。

 歩はもちろん、努力家だが頑なな姉の光実、排他的な同僚たち、経理畑で畑仕事は門外漢の父、歩が淡い思いを寄せるインスタ女子の美晴らも、物語という畑が耕されていくにつれ、意外な根や芽を見せる。それらが相互に働きかけ、ふくよかな味わいになる。

 著者とは、優秀な醸造家であるとも言える。人生という名の食卓を引き立て、彩りを添える一杯のワイン、それが読書体験なのではないかと、素直に感じられる一冊だ。

文=三田ゆき