築地で何が起きたのか? 誇り高き宿なし・ヤッさんが、食にまつわる騒動を解決!

文芸・カルチャー

2018/11/28

『ヤッさんIII 築地の門出』(原宏一/双葉社)

“日本の台所”と呼ばれた築地市場が、豊洲に移転した。築地より敷地は広く、衛生管理等もしやすいという豊洲新市場だが、売り場自体は狭くなったり、主にプロが取引をする場内市場が豊洲に移転する一方で、一般の人も買い物を楽しめる場外市場は築地に取り残されたりと、さまざまな混乱も生じている。『ヤッさんIII 築地の門出』(原 宏一/双葉社)の文庫版が刊行されたのは、市場移転のタイミングと同じ2018年10月だった。

 累計28万部突破の「ヤッさん」シリーズは、築地周辺を舞台に、誇り高きホームレス・ヤッさんが活躍する物語だ。

 宿なしと言えど、段ボールハウスを作ることはしない。身づくろいをし、体を鍛え、堅気の人たちに不快感を与えないようにしてこそ、存在を許される──そんな独自のホームレス哲学に基づいて、自由を謳歌しているのがヤッさんという人だ。

 ヤッさんは、朝早くから築地に出向き、活きのいい情報を得て料理人のもとへと走る。厨房にこもる熱心な料理人は、ヤッさんの持っている河岸の情報をほしがる。その情報の対価として、ヤッさんはうまい賄いを食わせてもらう。こうして河岸の人々は、仕入れた最高の食材を、腕利きの料理人に引き渡すことができる。ヤッさんは、いわば食のコーディネーター的役割を果たして生きているというわけだ。

 ヤッさんは、料理人や仲買人からの信頼ゆえに、築地で巻き起こる騒動にも首を突っ込むことになる。既刊では、社会から転げ落ちた青年たちを見事立ち直らせたヤッさんだが、今回、彼が向き合うのは、移転を前にした市場まわりの人々だ。

 既存の利権がはびこる築地からの移転を好機に、新市場で再スタートを切ろうとする零細仲買人。築地に取り残されることを危惧し、テレビでの宣伝活動に躍起になる場外市場の若旦那。移転に伴い廃業する仲買店から仕入れができなくなり、意固地になる女鮨職人。料理人としてもう一花咲かせようと、新市場にできる巨大施設への出店を夢見るイタリア料理店のおやじ。

 どの人も、築地市場やその周辺で矜持を持って働くプロだ。けれど、場内市場が豊洲に移転してしまったら、これまでどおりの仕事をすることは難しい。年月が経てば、世の中は変わる。いつまでも、今のままではいられない──場内市場の移転が引き起こす悲喜は、わたしたちに現実を突きつける。

 作中で起こる変化は、築地や食の世界でのみ起こっていることではない。たとえば書籍は紙から電子へ、音楽はレコードからCDヘ、そしてストリーミングへと変わりつつある。なにを選び取ればよいのかを、ひとまとめに断じることは難しい。だからこそ、ヤッさんの「馬鹿野郎!」が、すがすがしく聞こえる。「それくれえ、てめえの頭で考えろ!」。情報を集め、先を見据え、できることを見極めて、自分の思う最高の状態になるよう判断して動く。料理も経営も人生も、考えてみればまったく同じだ。

 ヤッさんの愛ある啖呵が、人々の抱えた困難を吹き飛ばす痛快グルメ人情小説。ヤッさんとともに築地を走り抜けたなら、市場の未来が見えると同時に、みずからの迷いも晴れるだろう。

文=三田ゆき