「“その事件”を、口にしてはいけない」――現代中国最大のタブー、天安門事件に迫る

社会

2018/12/6

『八九六四 「天安門事件」は再び起きるのか』(安田峰俊/KADOKAWA)

 1989年6月4日、中国で起こった民主化運動に対して、政府が武力で鎮圧した「天安門事件」。いったい、その現場ではどのような事態が起こっていたのか。そして主導した学生や彼らを支援した市民たちには、どのような思いが渦巻いていたのだろうか。

「あのデモは結局、子供が親に文句を言った行動だったと思うんだよ。『お父さん、なんとかしてください』ってね。でも、文句を言いすぎて鎮圧されたんだ」

 こんな天安門事件当事者の発言を伝えてくれるのは、第5回「城山三郎賞」を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるのか』(安田峰俊/KADOKAWA)だ。
 本書は、天安門事件に様々なかたちで関わった人々を取材した本格ルポで、民主化デモを指揮した当時の学生リーダー、日本でも有名になった王丹やウアルカイシなども登場する。他にも、学生に差し入れをしていた北京市民など、多彩な人々が登場する。

●お祭り気分が色濃く漂っていた「天安門」でのデモ行動

 冒頭で引用紹介した、政府と学生・市民の関係を親子にたとえた発言をしたのは、事件当時19歳で、某警察系大学に通っていた元学生(著者による2015年取材当時は44歳で投資会社幹部)だ。

 同世代が始めたデモに共感して参加する一方、大学からは警察の人員としてデモ警備にあたるよう命令される。そのため、学生と警察の両方の、当時の空気感を知っている貴重な人物として本書に登場する。

 その彼の発言によれば、デモに参加した学生や市民の多くは、憧れは抱きつつも民主主義とはなにかをよく知らないまま、お祭り気分でデモに参加していたことが明かされる。

 一方警察側にも武力鎮圧のような命令が届くことはなく、「お祭りをトラブルなくやり過ごそう」といった軽い雰囲気が漂っていたそうだ。

 このあたり、読んでいてとても意外な気がしたのだが、「そもそも民主主義をみんな経験していないんだから」という言葉にも触れ、「だよね」と納得。

●中国と香港の複雑な関係にもフォーカスしていく

 しかし事態が一転するのは、政府が軍の派遣を決めた後のことだった。

 著者によれば、共産党政府も当初は「無血鎮圧」を決めており、軍の出動は単なる威嚇だったという。本書に登場する多くの証言者も「まさか政府が、将来有望な学生に本当に発砲するとはだれもが思っていなかった」と明かし、学生側には政府に対しての暗黙の信頼感情があったこともうかがい知れるのだ。

 しかし、兵士の発砲を合図に、天安門周辺は一転、阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまったのだ。ちなみに死者数は「1万人以上」(BBC)ともいわれるが定かではない。

 では当時、特にデモの中心にいた活動家たちはいま、この民主化運動と天安門事件をどう振り返るのか、そこはぜひ、本書を読んでいただきたい。そして、この先、同じような民主化を求める運動は起こるのか。著者はその疑問への答えを見出すべく、香港の活動家らにも取材を重ね、香港と中国の複雑な関係も浮き彫りにしている。さらには、香港、台湾でも起こった過去の民主化運動との対比の中で、天安門デモを考察していく。

●スマホひとつで何でも決済できるハイテク中国の陰に潜むもの

 中国国内では、現在でも天安門事件は「口にすることさえタブー」なテーマだという。 天安門でのデモは武力鎮圧という最悪な結果に至った。しかしその後、資本主義経済の開放政策により、90年代以降、中国が大きく発展したことは多くが知るところだ。

 現在は例えば、スマホだけで何でも決済できる仕組みは日本より便利だ。その一方で、そのスマホはすべての人を管理し、新たに構築される管理・階層社会の第一歩ともささやかれている。

 共産党一党主義の下、特に言論や思想活動の自由がいまだに拘束されつつも、中産階級と富裕層は肥大し、貧困層とのさらなる格差が広がる中国。

 本書は単に天安門という歴史を振り返るだけでなく、“混迷する中国の今”をも教えてくれるのである。

文=町田光