7年前中学校で起きた、無差別毒殺事件。そして再び「事件」は起きた――「世界の終わり」を望む子どもたちに、大人は何ができるか

文芸・カルチャー

2019/1/31

『木曜日の子ども』(重松清/KADOKAWA)

“家族の条件”とはいったい何だろうか。1月31日に発売された直木賞作家・重松清の新作『木曜日の子ども』(KADOKAWA)は、そんなことをあらためて考えさせられる長編だ。

 主人公の清水芳明は42歳の会社員。中年まで独身を貫いてきた彼は、職場で親しくなった女性とついに結婚を決意する。相手の香奈恵には離婚歴があり、晴彦という14歳になる息子がいた。入籍と同時に父親になることが決まった芳明は、 “父と子”という人間関係に目を向けざるをえなくなる。

 物語は、芳明たちがリフォームの終わった新居を見学に行った日から始まる。一家がこれから引っ越すのは、旭ヶ丘という閑静なニュータウンだ。一見これといった特徴もないこの町は、実はある理由で全国的に有名だった。7年前、町に住む中学生が給食に毒物を混ぜ、クラスメイト9人を殺害するという凶悪犯罪、通称「木曜日の子ども」事件が起こっていたからだ。

 少年犯罪史上に残るショッキングな事件は、住人たちに消せないトラウマを残していた。不動産業者の案内で、加害者一家が暮らしていた土地を訪ねた芳明は、そのことを否応なく思い知らされる。晴彦の顔を見かけて、近隣住人が、「ユウちゃん……!」と悲鳴をあげるという出来事が起こったのだ。ユウちゃんとは上田祐太郎、すなわち事件を起こした少年の名前だった。

 新居での生活をスタートさせた清水家だったが、それと前後して、旭ヶ丘は不穏なムードに包まれてゆく。不審者情報、飼い犬の変死、学校への脅迫状。やがて芳明は晴彦が何か隠し事をしているのではないか、と疑念を抱きはじめる。

十四歳の晴彦の心の中には、なにが詰まっているのか。十四歳の晴彦の心は、どんなふうに育ってきたのか。私にはわからない。なにもわからない。この子が赤ん坊の頃からずっと誰よりもそばで見てきたんだ、という確かな支えを持っていない父親など、父親と呼べるのだろうか、と思う。

 息子と腹を割って話したいのに、遠慮があってうまく話せない。そんな芳明の心境が、いくつもの印象的なエピソードとともに描かれ、読者の共感を呼ぶ。

 タイトルの「木曜日の子ども」とは、童謡マザーグースの有名な歌の一節だ。「月曜の子どもはかわいい子」や「誕生日」のタイトルで知られるその歌には、「木曜日の子どもは、遠くに行って」という意味深な歌詞がある。ここを離れ、どこか遠くに行ってしまう子どもたち。それを前にして大人には何ができるのか。何をするべきなのか。マザーグースの歌詞が通奏低音のように鳴り響くこの物語は、14歳という危うい年代にいる“木曜日の子ども”たちと、不器用ながらもそれを救い、導こうとする大人の物語だ。

 重松清氏はデビュー以来、しばしば家族の絆をテーマにしてきた作家だ。今回は“血の繋がらない父子”を主要登場人物に据えることで、あらためてそのあり方を見つめ直している。慣れない父親の立場で悩み、家族のために奮闘する芳明。その後ろ姿には、分断しかけた人間関係を修復するための大切なヒントがある。普遍的なテーマを秘めた家族小説にして、少年犯罪を扱った現代ミステリー。老若男女、あらゆる読者層におすすめできる逸品だ。

文=朝宮運河