3・11東日本大震災の記憶と向き合い続けた彩瀬まる『やがて海へと届く』が待望の文庫化!

文芸・カルチャー

2019/3/10

『やがて海へと届く』(彩瀬まる/講談社)

「絆」
「がんばろう日本」
「がんばろう東北」

 2011年3月11日からおよそ8年。あの日に思いを馳せると、まるで一瞬、時が止まったかのような気持ちになる。当時、私は引っ越しを済ませたばかりで、慌ただしい日常を過ごしていた。いち段落して仕事から帰ると、積み上げていた段ボールが崩壊していて、もし自宅にいたら、崩れた荷物で怪我をして今頃……と背筋がぞっとしたのを覚えている。

 2010年に『花に眩む』で「女による女のためのR-18文学賞」を受賞し、新たな世界に夢を抱いていた彩瀬まるさん。彼女は友人を訪ねるために乗った仙台から福島へ向かう電車の中で、東日本大震災を迎えた。九死に一生を得たこの体験を2012年に出版したノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出』(彩瀬まる/新潮社)で語り、反響を呼んだ。

 4年後の2016年2月、震災によって友人を失った主人公の再生を描いた小説『やがて海へと届く』(彩瀬まる/講談社)が出版され、第38回野間文芸新人賞候補に選出。そしてこの2019年2月、ついに文庫化された。彩瀬さんは、この物語に震災の記憶と向き合い続けた5年間の葛藤、語り尽くせない想いを託したのだ。

 物語は震災から3年後を舞台に14章で構成され、一人旅の途中に震災で命を落としたすみれと、残された友人・真奈の視点から語られている。真奈は、すみれを思い続け、死を受け入れられずにいた。しかしある日、すみれの恋人であった遠野が、形見の処分を持ち掛けたことをきっかけに真奈の心は、和らいでいく。

 生者と死者、物語はこの2つのテーマで構成される。悲しみと思い出が時間とともに徐々に薄らいでいくなかで、大切な人の死と向き合うことに葛藤する生者。対して死者は、理不尽な最期を遂げたことが受け入れられず、救いのない世界への恨みと、家族や友人など残した人々への愛を募らせる。

 大切な人を失ったとき、どのように日々を生きれば悲しみを乗り越えられるのだろうか。逆に、大切な人を残して旅立つとき、何を想い、どうしたいと願うのか。彩瀬さんが綴る言葉は、読む人の心にすっと溶け込むように、生者と死者の感情を繊細に描いている。

 本書を読む前、私は別れが怖かった。別れを受け入れるということは、もう一度会いたいと願う気持ちを押し殺すことに他ならないからと考えていたからだ。仲の良い友人の転勤でさえ悲しむ私にとって、突然友人を失ってしまった真奈の気持ちは痛いくらい共感できる。そして、親友の死を受け入れ、悲しみを乗り越えていく真奈の力強い姿に、感銘を受け、涙が止まらなかった。

 私は震災によって大きな被害を受けたわけではないし、友人や家族を失ってもいない。そのため、私は震災をどこか他人事のように感じていた。だが、今は違う。真奈とすみれの物語を通して伝えたかった彩瀬さんの想いが、私の心に、人を愛することの尊さと事実に向き合う勇気をくれた。この気づきを胸に、改めて震災と向き合ってみたい。

文=冴島友貴