死ぬまで踊りたい――直木賞作家・桜木紫乃が描く、踊り子の矜持と生き様とは?

文芸・カルチャー

公開日:2019/4/3

『裸の華』(桜木紫乃/集英社文庫)

「僕ね、死ぬんだ」ひときわ元気そうな声だった。「いつなの」やさしく訊ねた。

 桜木紫乃さんの小説『裸の華』(集英社文庫)で、いちばん印象に残っているのはこの場面だ。怪我が原因で引退した元ストリッパーのノリカのもとを、かつての常連・オガちゃんが訪れる。「生きているうちに、もう一回だけ会いたかったんだよ」と痩せ細った体で。引退宣言もせずに失踪したことを詫びることもなく、ノリカはただ微笑む。2年前、最後に会ったときと同じ女神の風格で。オガちゃんにとって「夢の人」であり続けるために。そのやりとりに、ノリカの矜持が詰まっていた。詳しく描かれずとも、彼女がどんなふうに生きてきたか、どれほど誇り高いストリッパーで、それゆえ愛されていたのかが伝わってきて、なんて尊いのだろうと胸を打たれた。

 ストリップ小屋を抜けたノリカは、故郷の札幌で、脱がないダンスショーを見せる店を開く。採用されたのは2人の若い女性だ。ダンス才能はほどほどだけど、愛嬌で誰より場を華やがせる瑞穂と、人づきあいは壊滅的に下手だけど、人生すべてをダンスに捧げる気迫と才能に溢れたみのり。2人のユニットに希望を見出し、導き手に徹するノリカのもと、店がゆるやかに評判をあげはじめたころ、オガちゃんはやってきた。

 オガちゃんは、タンバリン芸人でもあった。つまり、店のダンスショーにあわせて抜群の合いの手を入れる職人である。最後にノリカの踊りでタンバリンを振りたい。そう願う彼に応えて、ノリカは再び舞台に立つ。お金をもらい踊りを見せる舞台という戦場で、闘う気持ちを失ってしまった自分に気づき、それでもたった一人のファンのために今日だけはと立った舞台。それは彼女にとって「前向きな諦め」を得た日であり、「再生」の日でもあった。

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 ノリカには、踊ることしかなかった。自分を肯定する場も、表現する手段も、生きていく糧も。踊れなくなったからといって、踊りそのものを彼女の人生から消すことはできなかった。だから、瑞穂とみのりを導きながらノリカはずっと揺れ続けていた。自分のかわりに踊ってくれる2人がいなければ店は成り立たない。けれど若い才能が、とくにみのりが、いつまでもノリカの手元にとどめておける器じゃないことはわかっている。だからといって、己の都合で彼女たちを縛りつけることはノリカの誇りが許さない……。

 やがて彼女はある決断をくだすのだが、最後まで誇り高くあれたのは、オガちゃんとの再会があったおかげだと思う。誰に見せても恥ずかしくない身体で、舞台上で足を開き、裸体ではなく踊りで客を誰より魅了する。そんな舞台を通じて彼女は、人生の舵を誰にも委ねず、美しく生きる強さを身につけた。オガちゃんとの再会、そして「死ぬまで踊りたい」というみのりとの出会いが、ノリカにそれを取り戻させてくれたのだ。

 すべてを捨てて札幌でひとりきりの出発を決めたノリカは、再びひとりきりで再出発をはかる。だが違うのは、彼女が「帰る場所」を得たことだ。技術は以前より劣っても、しなやかさは格段に増すだろう彼女のこれからの舞台を、見られるものなら見てみたい。そう願うラストだった。

文=立花もも