家賃4万5000円、夕食付きの「深山荘」で起こる、涙と感動の幽霊ご飯物語! 応募数4843作品の頂点となった『ふしぎ荘で夕食を ~幽霊、ときどき、カレーライス~』

文芸・カルチャー

公開日:2019/4/25

『ふしぎ荘で夕食を ~幽霊、ときどき、カレーライス~』(村谷由香里/メディアワークス文庫 KADOKAWA刊)

『君は月夜に光り輝く』『ちょっと今から仕事やめてくる』『博多豚骨ラーメンズ』など、映画化アニメ化が相次ぐ人気作品を多数輩出してきた日本最大級の新人賞・電撃小説大賞。第25回の節目となる本年度、応募数4843作品の中から頂点となる〈メディアワークス文庫賞〉に選ばれたのは、『ふしぎ荘で夕食を ~幽霊、ときどき、カレーライス~』(村谷由香里/メディアワークス文庫 KADOKAWA刊)だ。

 古い民家を改築したひなびた風情のシェアハウス「深山荘」。そこの名物は4万5000円という安い家賃と、おいしい夕食、大きな猫、そして次々に発生する怪異現象だった。しかし大家さんの孫娘・夏乃子の作る料理が、あらゆる事件や出来事を円満に導いていく――。

 タイトルから窺えるように、各章にはそれぞれの内容に合った料理が紹介される。

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 たとえば深山荘の新住人、沙羅を歓迎する第1章には、白味噌入りの和風グラタンが。地元の神社のお祭りを盛り上げようと深山荘の一同が一肌脱ぐ第2章には、氷砂糖を使ったみたらし団子が。そして深山荘と関わりを持つ幽霊が現れる第3章では、餃子とケーキ、カレーライスという祝祭感たっぷりのパーティー・メニューが登場する。

 舞台となる深山荘にもまた、個性的な人物たちが集う。女性に対して特殊な性癖を抱きがちな、残念イケメンの大学8年生・児玉。瞑想を嗜み、幽霊とも感応しやすい大学1年生の沙羅。おっとり美人で料理上手、しかし実は〈バカ舌〉であるヒロインの夏乃子。

 彼ら3人のキャラクター性が強烈なだけに、語り手を務める主人公・浩太の普通さ、善良さもまた際立つ。彼の目を通して暗闇に浮かぶ人影や怪しい視線、謎の紙人形など様々な不思議が展開されて、それらが最終章でひとつの結末へとつながっていく様子が、ゆったりとこまやかな筆致で描かれる。

 物語の中心にいる夏乃子の料理は、文字どおり「おふくろの味」だ。

 ホームシックに陥った沙羅を彼女の実家の味で元気づけ、みたらし団子で神社のお祭りに人を呼び戻し、カレーライスで幽霊の成仏を手助けする。ひそかに夏乃子に想いを寄せる浩太はもちろん、誰もが彼女の料理を食べると、どこかなつかしい気持ちになる。遠く離れた実家や家族、自分の家を思い出す。

 一方で、夏乃子自身は幼い頃に母親に失踪されているという生い立ちがある。それが原因で味覚を失くしてしまったのだ。

 おいしいごはんを作る人が、おいしさが分からないという皮肉。それでも彼女は深山荘の面々に毎日ごはんを作り、おいしいと喜ばれ、慕われて、さながら母親のような存在になっていく。それによって夏乃子自身が救われていく。

「たくさん、食べていって」

 幽霊にカレーライスを振る舞いながら夏乃子は語りかける。

 おいしいものを食べさせたいという心と、その心がこもったおいしいものをいただく喜び。料理を作ること、食べることを通して、〈家族〉という普遍的なテーマがやがて浮かび上がってくる。

文=皆川ちか

『ふしぎ荘で夕食を ~幽霊、ときどき、カレーライス~』特設サイト
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