「ブスの敵は美人ではなく、ブスを蔑視する人だ」山崎ナオコーラが掲げる、容姿差別のない社会への希望

文芸・カルチャー

2019/8/11

『ブスの自信の持ち方』(山崎ナオコーラ/誠文堂新光社)

〈もしも、あなたが自信のない人だとして、その自信のなさはあなたが自分の頭で考えたことが由来ですか?〉。この一文に少しでも心当たりのある人は、ぜひとも『ブスの自信の持ち方』(山崎ナオコーラ/誠文堂新光社)を読んでほしい。

〈ブスの敵は美人ではなく、ブスを蔑視する人だ〉と著者の山崎ナオコーラさんは言う。傷つき自信を喪失するのは、自分がブスだと自覚したときでも指摘されたときでもない。おまえはブスだと笑われたとき、あるいは、ブスのくせにと罵られたときだ。これに対して「言われたくないなら直せ」「傷つくのは自分でも気にしているということだから、努力すればいい」というのはまったくもって理不尽だ。どんな理由があろうと、他人をとやかくジャッジして貶める権利は誰にもない。

 デビュー作『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)が33万部も売れたことで、山崎さんは賞賛と同時に、多くの誹謗中傷に晒されることになった。作品についてならともかく、ネットのあちこちに写真を貼られ、容姿に対する心ない言葉を浴びせられた。そのとき感じたのが「ブスは控えめにしているべき」という圧力だ。誰かに相談しても「化粧やダイエットをすればいい」などと言われる。作品と容姿はまったく関係がないはずなのに、なぜ、必要とも思っていない努力をしなくてはいけないのだろう? 考えた末に山崎さんがたどりついたのが〈ブスを理由に隅っこには行かないし、ブスを理由に自信を減らすことは、もうしたくない〉という思いだった。

 本書では、あまりにブスブスと連呼されるので「そんなに言わなくても」と思う人もいるかもしれない。だが、山崎さんは「ブス」という言葉じたいに特別なものを感じていない。悪口でも自虐でもなく、ただの事実だと思っているから、気軽に自称する。容姿に優れている人がそれを武器に仕事するように、山崎さんは「書く」ことに自信があるから小説やエッセイを書いている。ただそれだけのことを許さない、劣っている(ように見える)部分は差別していい・嘲笑っていい、という空気の蔓延している社会は、変わるべきだと言っているのである。

 差別も偏見も、完全になくすのは不可能だ。傷ついた自分が、違う刃で誰かを傷つけることもあるだろう。だが、それに気づいて改めようと思う、その積み重ねが誰にとっても心地のいい社会をつくりあげていく。容姿差別を入り口に、本当の多様性とはなにかを考える文章の数々が、本という誰の手にも触れられるかたちでこの世に出たことはとても尊い。そして同時に、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」という山崎さんの言葉は隅々まで美しく、「ブスだけど、文学者としてはプライドも自信もあります」と言う山崎さんが、本書をもってそれを体現しているのが、最高にカッコいいと思う。

文=立花もも