日本で10万部を突破した中国SF『三体』、本国での漫画化が決定! 世界を震撼させた本書の凄さとは?

文芸・カルチャー

2019/11/2

『三体』(劉慈欣:著、大森望、光吉さくら、ワンチャイ:訳、立原透耶:監修/早川書房)

 本国・中国で驚異的なベストセラーとなり、世界各国で19言語に翻訳され、シリーズ三部作累計2100万部超(このうち海外は約150万部、電子書籍を含む)を記録した中国SF長編ミステリー小説『三体』。今年7月に発売された日本語版が10万部(電子書籍を含む)を突破し、日本列島に“三体ブーム”を巻き起こしている。10月中旬に来日した著者の劉慈欣(リウ・ツーシン)も、「日本の(三体への)関心度は想像以上で、非常に嬉しかった。(先に訪問した)欧州を超えていた」と喜びの声を上げている。

 一方、中国では、ここへ来てついに大手オンラインコミックサイト「騰訊動漫(テンセントアニメーション)」から11月、オンライン漫画版(カラー)がリリースされることが正式に発表された。先行公開された予告版を見たファンからは、熱い期待が寄せられている。

 『三体』とは、一体どんな小説なのか。物語は、文化大革命というセンセーショナルな歴史を舞台に幕を開ける。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた…。
https://www.hayakawabooks.com/n/n7cd9641ff5a2より抜粋

 『三体』を簡潔に紹介するのは至難の業だ。地球に最も近い恒星系の惑星に生きる三体星人、三体星人が住む惑星の謎とそこに迫る危機、人類の文明に絶望した人々によって誕生した「地球三体組織」(ETO)、その組織が開発したオンラインゲーム「三体」…。壮大なスケールの中であらゆるファクターが巧みに絡まり、読者をぐいぐいと引き込んでいく。ミステリー色が強いため、SFファンならずともページをめくる手が止まらなくなる。それが『三体』だ。

 しかも『三体』はシリーズ三部作の第一部であり、第二部『三体Ⅱ:黒暗森林』、第三部『三体Ⅲ:死神永生』と続く。第一部を読破した読者は、続編が読みたくて堪らなくなるのだ。ちなみに第二部では、地球侵略を図ろうとする三体星人と人類の攻防戦が描かれ、第三部ではついに地球の侵略を開始した三体星人に対し、人類は生存をかけて太陽系を離れ、宇宙へと旅立つ。著者自身も「第一部は序章、鍵となるのは第二部だが、そうなると第三部を待つのは忍耐が必要だ」と仄めかしている。

■一介のエンジニアが中国文学界に革命をもたらす

 『三体』の著者である劉慈欣は、1963年生まれ。ファンやメディアは親しみを込めて、「大劉(劉アニキ)」と呼ぶ。1985年に河南省鄭州市にある華北水利水田大学を卒業後、地元・山西省の娘子関発電所でエンジニアとして働きながら、余暇を利用してSF 小説を執筆し始める。1999年に雑誌『科幻世界(SFワールド)』に初めて作品が掲載され、その後も多数の短編・中編小説を発表してきたが、読者からの「ぜひ長編を!」という強い要望に応え、長編執筆に取り組む決意をする。

 2006年5月、『科幻世界』で『三体』の連載がスタート。連載は12月に終了するも、読者からのあまりの反響の大きさに2008年1月には単行本化される。著者は当初、『三体』を短編小説として発表する予定だったが、文革を背景に人類と惑星との接触を描いた中国SF作家・呉岩(ウー・イエン)の長編児童小説『中国軌道号』の影響を受けたことが構想に一大変化をもたらしたと話している。かくして『三体』は、三部作の長編シリーズとして世に送り出される。

 30年以上にわたりエンジニアとして勤務し続けた劉慈欣は、インタビューでことあるごとに「『三体』を除けば、私はただのエンジニアだ」と言い続けてきた。自分こそが大のSFファンであり、幼少時にジュール・ヴェルヌの『地底旅行』を手にして以来、各国のSF小説を読み耽ったと語っている。「安定した仕事と収入があったからこそ、小説を書くことができた」と言い、仕事に過剰なストレスがなかったことが自由な発想を生んだと述懐している。90年代当時はSF=幼稚、子ども向けとみなされていたことから、デビュー後もSF小説を執筆している事実を外部に漏らすことなく、淡々と日々を送っていた。ある時、同僚が「お前と同姓同名の作家がいるらしいな」と声をかけてきたが、同一人物だとは気づかれなかったというエピソードもある。だが、『三体』の誕生は著者の人生を変えるだけでなく、中国の文学界をも揺るがすことになる。

■中国SF文学が世界の頂点に立つ

 まさに彗星のごとく登場した『三体』は、中国の文学界に大きな一石を投じた。最大の功績、それは児童文学、あるいは一部のオタク文化だった「科幻(SF)文学」をメジャーなジャンルへと昇格させたことだ。国内では2008年に第二部『三体Ⅱ:黒暗森林』、2010年に第三部『三体Ⅲ:死神永生』が発売され、その間に執筆した短編も含め、数々の文学賞を手にする。2013年には中国作家富豪ランキングの仲間入りを果たし、“SF作家は食えない”というイメージを払拭した。そして2014年、自身も作家であるケン・リュウが翻訳を手掛けた英語版『The Three-Body Problem』が発売されたことで、大きな転機が訪れる。米国のオバマ前大統領やフェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグが本書を絶賛し、知名度は一気に上昇。翌2015年には、SF・ファンタジー界で最も名誉ある文学賞「ヒューゴー賞」のアジア人初の受賞者となる。続いて2018年には、英国のSF最高賞とされる「アーサー・C・クラーク賞」で、想像力に溢れる作品や活動で社会に貢献した人物を讃える「Imagination in Service to Society」賞に輝く。中国の著名コラムニスト・評論家であり、復旦大学教授の厳鋒(イエン・フォン)が「『三体』、『三体Ⅱ』を読めば、この作者が中国SF文学を世界レベルへとけん引することは疑う余地がない」と評したことが、まさに現実となったのだ。現在、劉慈欣に続けとばかりに韓松(ハン・ソン)、夏笳(シャー・ジャー)といった中国のSF作家が脚光を浴びている。

中国の書店の様子

 中国の大型書店を覗けば、今もなお『三体』は平積みされており、劉慈欣の特設コーナーが設けられている。絶大な人気は衰えることなく、劉慈欣は現代中国を代表する作家の一人として文学界に君臨している。

中国版『三体I』
『三体II』
『三体III』

■ドラマ版、映画版が次々に頓挫…もはや映像化は不可能!?

 今回、ようやくオンライン漫画版のリリースが決定した『三体』だが、もちろんこれまでにマルチメディア化の話がなかったわけではない。実は『三体』の実写映像化は、ことごとく壁にぶつかっているのだ。

 2015年、湖南衛星テレビは全32話によるテレビドラマ版『三体』の制作を発表した。監督も決定し(キャストは未定)、翌16年の放映を予定していたものの、立ち消えてしまう。一説によると、劉慈欣が「ヒューゴー賞」を受賞したことを知った制作側は、あまりのプレッシャーに身動きが取れなくなったということだ。

映画版ポスター

 それよりも早く、実写映画化も進められていた。2014年に正式に制作発表された映画版は実際、翌15年3月~7月に撮影が行われている。その翌年の公開を目指し、制作側は膨大なポストプロダクションに追われ、2016年1月には映画版の公式ポスターも公開された。ところが同年6月に何の前触れもなく、突如として公開無期延期のニュースが伝えられた。しかも制作プロデューサーが人事異動で離職するという、なんとも不可解な展開だった。報道によると、お蔵入りを決定づけたのは『三体』の大ファンである政府の高官の鶴の一声で、実際に高官が試写に訪れた際の写真もネットに流出している。

 今年2月、劉慈欣が2000年に執筆した短編小説『流浪地球』を改編した同名映画が春節(旧正月)映画の目玉として公開され、爆発的なヒットを記録した。最終の興行成績は46億5500万元(約730億円)に上り、中国の歴代興行収入の第2位に躍り出た。この映画の大ヒットにより、中国は国産SF映画のクオリティが一定レベルに達したという確信を得ると共に、観客が求めるハードルも一気に上がったのだ。こうなると、ますます待望の映画版『三体』が駄作、あるいはそこそこの作品に収まったのでは、国家の威信に関わるというわけだ。

 一方、ハリウッドが『三体』の映画化に興味を持たないはずもなく、かのジェームズ・キャメロン監督も関心を示しているというが、こちらも実現は不可能なようだ。劉慈欣が「ハリウッドには撮らせない」と宣言しており、「ハリウッドのSF作品はストーリー、背景が複雑で紆余曲折なのは許されるが、テーマが複雑であることは許されず、白黒を明確にしなければならない。『三体』はこの基本的原則に反している」とその理由を挙げている。

 かくして映像化は難航を極めているが、原作ファンはむしろ「良かった!」と胸をなでおろしている。映像化不可能な壮大なスケールと世界観、それこそが『三体』の最大の魅力だからだ。

 『三体』が仕掛けた “万有引力”には、まだまだ続きがありそうだ。

文=角山奈保子(中国在住)