宮部みゆき、初の本格SF作品集。ロボットに感情移入する人間、虐待を防ぐための「マザー法」…。切なくも温かい世界観

文芸・カルチャー

2019/11/16

『さよならの儀式』(宮部みゆき/河出書房新社)

 日常の中でぞっとするような違和感や、理不尽な事件に遭遇した時、中立的な視点で状況を見極め、解決へと導いていくのは中々難しい。世の中は白か黒かで割り切れることばかりではないし、自分にとっての正義は、他の誰かにとっての悪である…なんてことは珍しくもないだろう。だがやはり、我々は出来る限りの想像力や洞察力を働かせ、困難な問題に立ち向かっていかねばならないのだと、宮部みゆきさんの初のSF作品集『さよならの儀式』(河出書房新社)を読んで強く感じた。

 本書は、8編のSF作品が収録されている作品集。登場するのは、一人暮らしの孤独な老人や、40代の独身OLなど、私たちの日常にいるような、何の変哲もない人々ばかり。しかし、読み進めると、描かれている舞台は現代ではなく、ロボットが活躍したり、タイムスリップに遭遇したりする近未来であることが判明する。

 例えば、表題作の「さよならの儀式」は、老朽化したロボットの処分手続きに来た若い娘に苛立ちを隠せない技師の心理が描かれている。汎用作業ロボットの働きに支えられている社会が舞台なのだが、技師は「ロボットは人間じゃなく機械」だと思っているのに対し、娘は長年慣れ親しんだ人型ロボットに感情移入し、別れ難くなっている。そこで技師は、娘に親切のフリをした、悪意のある提案をするのだが…!?

 ロボットに愛情を注いでしまう人間は、現代でも少なくはないだろう。この話は一見、技師が悪人のようにも思えるが、読み進めると、技師の育った過酷な環境や心の寂しさ、複雑な気持ちを抱きながら仕事をしている背景が見えてくる。技師と娘のすれ違いに、胸が苦しくなった。

 また、「母の法律」は、虐待を防ぐため、子供に対する「親権」を、国家が集中管理できる「マザー法」が制定された世界が舞台だ。マザー法に守られ「わたし」は養父母と兄姉と幸せに暮らしていたが、養母が亡くなり、再び<グランドホーム>という名の施設で暮らし始めた途端、ある女性がこれまで隠されていた「実母」の情報を持ち、「わたし」に接触してくる。奇跡の…でもどこか確実に恐ろしいマザー法や、それに反対する過激派の考え方に唖然としたのだが、虐待の報道に胸を痛めることが多い昨今、我々は一体どのような選択をすべきなのかをもう一度問いかけてくる、心に重いものを残す短編であった。

 本書はほぼ全ての作品が、読者に、現代で直面している悲しい事件や違和感に、問題を提起するラストとなっている。宇宙から来た精神生命体も登場し、SFを存分に感じさせる展開ではあるのだが、虐待や監視社会、文明の進歩ゆえの悲劇など、胸が痛くなる現実がつぶさに描かれており、著者のいつもの作品のように、爽快な気持ちで読み終えることができなかった。だが、それゆえに考えさせられることは多くあり、平凡な人間として、真面目に、そして柔軟に生きる意味や大切さもひしひしと感じた。同じ話でも、誰に感情移入するかでまた異なる一面を見せる、読む度に発見がある小説だ。ぜひゆっくりと、不可思議で悲しい世界観に浸ってみてほしい。

文=さゆ