ホラー、SF、青春、ミステリ…『蜜蜂と遠雷』の恩田陸がおくる“最新型”短編集。あらゆるジャンルを網羅した18の名編

文芸・カルチャー

2019/12/28

『歩道橋シネマ』(恩田陸/新潮社)

 夕暮れだろうか、それとも夜明けか。ひんやりとした建築物の合間からのぞく鮮やかな空の装丁が美しい『歩道橋シネマ』(恩田陸/新潮社)。郷愁を誘う風景描写で“ノスタルジアの魔術師”と評される恩田陸氏の、約7年ぶりとなるノン・シリーズ短編集だ。

 恩田陸作品といえば2017年に史上初となる直木賞と本屋大賞のW受賞を果たし、今年10月に映画化された『蜜蜂と遠雷』が記憶に新しい人も多いだろう。世界を目指す若きピアニストたちの挑戦と成長を描く青春群像劇で、「天才たちが奏でる音楽」を文章で味わえる臨場感にあふれた作品だ。

 ホラー、SF、青春、ミステリ、ファンタジー…あらゆるカテゴリの18の短編が収録された『歩道橋シネマ』は、ジャンルの枠にとらわれず、幅広い作品を執筆してきた著者ならではの“最新型”が詰まった短編集。あとがきには「ややホラー寄りのものが集まった気がする」とあり、どこかノスタルジックで不穏な世界を渡り歩ける1冊である。

 本書の作品は現実ではありえない(と信じたい)内容も多いのだが、どれも身近で起こっていても不思議ではない、と感じさせる妙味がある。限りなく現実に近い異世界、というか、日常の延長線上にある怪奇、とでもいえばいいのか。

 その不思議な感覚も、あとがきに記された各作品の背景を読むと少し納得がいく。本書には著者が“実際に見た風景”をモチーフにした作品がちりばめられているのだ。

 たとえば巻頭の「線路脇の家」がそのひとつ。本作品はタイトルの由来であるアメリカ人画家エドワード・ホッパーの絵と、実際に著者が見た風景から着想を得ており、不穏さ漂うエッセイ風小説となっている。

 “動き”に魅了された少年を描く「皇居前広場の回転」、オブジェのように静かに居続ける男性を描いた「楽譜を売る男」なども、著者が実際に見た風景から物語を広げている。

 また、個人的に思い入れのある作品が「麦の海に浮かぶ檻」。筆者が学生時代に没頭して読んだ恩田陸氏の学園小説『麦の海に沈む果実』のスピンオフである。舞台は外界から隔絶された全寮制の学校、そこで囚人のような心地で過ごす子どもたちが織りなす仄暗い青春グラフィティだ。無垢だからこそ、ぞっとする一面をもつ子どもたちの姿は、どこか切なく懐かしい感情も喚起させる。

 書籍タイトルにもなっている巻末の「歩道橋シネマ」は、あとがきにて著者が「とても私らしい短編」と位置付ける表題作だ。

 雑居ビルの壁や、地下に潜りこむトンネルの天井、宙を走るケーブル管の組み合わせにより偶然生まれる巨大なスクリーン(長方形の枠組み)を探す物語。そのスクリーンをのぞきこむと、現実ならざるものが見えるという――。本作の風景は、どこか装丁ともリンクしていて、“限りなく現実に近い異世界”という印象を強くする。

あなたは、小説の奇跡を目撃する。

 これは帯のなかで特に目を引くコピーだ。ふと奇跡とはなんだろう、と辞書で引いてみると「常識では考えられない不思議な出来事」とある。

 不思議な出来事とは何気ない日常のなかでこそ、その存在感が際立つものではないだろうか。本を閉じ、時間を置いて冷静になるほど、本書を一言で表現するのに“奇跡”以上に合う言葉はない、と思えてきた。

『歩道橋シネマ』を読み終えた今、自宅のベランダから広がる風景にも、じつは奇跡が隠れているのでは…?と、つい見入ってしまう。

文=ひがしあや