「もしもあの時こうしていたら…」と後悔が多い大人の心に刺さるヨシタケシンスケの絵本『もしものせかい』

文芸・カルチャー

2020/2/19

『もしものせかい』(ヨシタケシンスケ/赤ちゃんとママ社)

 誰でも、「もし〇〇だったら…」という仮定の世界に思いを馳せることがある。1つの道しか生きられないと分かりつつも、どうしようもないこともあると分かりつつも、「あの時ああしていたら」「もしこうだったら」とさまざまな“あったかもしれない世界”を思い描く。それでも私たちは今ある現実を生きているわけだけれど、ヨシタケシンスケの最新絵本『もしものせかい』(赤ちゃんとママ社)は、そんな「もしものせかい」と、現実の「いつものせかい」について描く1冊だ。

 絵本は、主人公である男の子が寝ている間に、男の子のおもちゃと思われるロボットが猫にさらわれてしまうところからストーリーが始まる。ロボットは男の子の夢の中に現れて、男の子に「もしものせかい」へと旅立つこと、そしてもう「いつものせかい」へは戻ってこないことを告げる。そして「もしものせかい」について、「きみのこころのなかにある もうひとつのせかいだよ」「てで さわることはできないけれど きみのなかに ちゃんとある」と説明してくれるのだ。



 たとえば私たちが大切な人を亡くした時、何か失敗をしてしまった時、その存在が重ければ重いほど、心は自然と現実世界から離れてしまう。「なぜ?」「あの時こうしていればよかったの?」と、「もしものせかい」が大きくなっていく。でもいくら考えても悔やんでも、一度進んでしまった現実をなかったことにはできないし、「もしも」は「いつも」のせかいには戻ってこない。

 こうした時間の流れは、自分にはどうしようもできない。だからきっと、この絵本の中のロボットは、未来になるはずだったすべての可能性が「もしものせかい」にはあって、「ばしょがかわるだけ」と伝えてくれるのだろう。

 現実的な考え方をする人のなかには、「別の可能性がそんな架空の世界にあっても意味がない」と思うかもしれない。でも、「もしも」には「もしも」の良さがあるはずだ。それは、誰にも邪魔されない、自分だけの世界であるということ。そして想像の中では限りなく自由な世界であるということ。

 それに比べると、「いつものせかい」はいろいろな人間関係の中で他人の影響を受けやすく、しかもたいていは1つの道しか選べない。だからきっと人間には、どちらの世界も必要なのだ。どちらの世界も大切に思うことで、心が安定し、強くなれる。

 今もし、何かを失ったり後悔したりしている人は、この『もしものせかい』のページを開いて、あなたなりの「もしものせかい」に行って、思う存分冒険してみることをオススメしたい。もしかしたら、そこで「いつものせかい」を生きるためのヒントが見つかったり、「もしものせかい」をより身近に感じられたりするかもしれない。主人公の男の子が、ロボットが「もしものせかい」に行ってしまったことを受け入れて、「そういえばそんなこともあったなあ」と「いつものせかい」を生きていくように。

文=きこなび(月乃雫)